「上映+その他のアクション」大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。:後日考【前日まで編】
ーあの2時間半そのものが映像体験だったといえるだろうか。

「上映+その他のアクション」〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。 を実施。 [日時:2月27日(土) 会場:アーカススタジオもりや学びの里内 和室)16:30-19:00 来場者:38人]

あの時間に起こったことを言語化するのは困難だが、自分にとって興味深い挑戦でもあるので、主観的な視点を大いに交えて、大木さん・参加者・来場者と巡った「映像を介した記録と記憶の実験」とそれにまつわるあれこれを記録させていただきたきます。
申し遅れました。どうも、藤本です。
(※写真はイベント当日に撮影されたものをランダムに掲載しています。)
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大木さんと参加者と共にこの企画を始めた2015年2月を境に、記録行為(文章・写真・脳内定着)に対して、これまでとは違う執着心が生まれ、同時に抵抗感が生まれた。起こった出来事を記録のために写真におさめたり、そこで考えたことを言葉に置き換えたり、それらの行為まで辿り着かず頭の中で反芻したりする時、それが本当に相応しいやり方だったのか、その残し方/内容で本当に良いのか、という自問がつきまとう。
大げさに言うと、その一瞬一瞬の選択と決定が、今後の自分にどのような影響を与えるのか考えてしまう。もちろん自分でコントロールできないことの方が膨大だが、そうした意識下で日々起こっている身体的反応にまで影響があるのかもしれないと思ってしまう。
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とはいうものの、やはり今の自分の判断で記録し、記憶するしかない毎日なのでするしかない。
話はイベント当日から少し遡る…

2/25[木](イベント2日前)
大木さんが電話で、「前日の2/26からが自分にとっては本番だからそこからの流れの中で決めていくことが大切」というようなことを言った。つまり、この場合言い換えると「その流れの中でしか決められないので2/27のイベント本番で何をするかは、事前にはわかり得ない。」ということになる。
この時点で、私が作成したタイムテーブルはすっかり白紙となった。
この状況はおおむね想定内で、以前からイベント当日の進行に関しては直前でも関知できなさそうだし、すべきでないだろうと想像はしていた。それだけ大木さんの集中力とその場に居合わせた人との関係、その場の流れの中でしか実現できない「何か」に初めて挑戦しようとしていたのはわかっていた。個人的には恐ろしくも、非常にエキサイティングな状況だが、私個人の判断だけで綱渡りは出来ないので…
イベント前日の2/26の昼に、本人の口から他のスタッフにもその旨を伝えてもらうことにした。
なぜなら、大木さんの言葉で語られた内容を、私の口から他者へ正確に伝えるのはいつもいつも本当に大変な作業だったからだ。要約も難しいし、だからといって再現もほぼ不可能だった。
(私の力不足…? 大木さんの言語はいつもすこぶる規格外だ。)

自分で解釈した内容ならいくらでも言えるのだが、そうすべきではないと感じていた。それが通用すると思えないほど今回のプログラムのコンセプトは繊細で未開だった。
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「その場に居合わせるスタッフと目標地点を深く共有する」ということも、この活動において欠かせないアクションのひとつだ、ということらしい。


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2/26[金](イベント前日)
この日大木さんは東京の自宅を出て、朝早くに守谷駅に到着し、駅からアーカススタジオまでの間をちょっと変わったルートで歩いて来たらしい。最短ルートでも50分強はかかる道のりを、おそらくさらに時間をかけ守谷の地形や磁場に触れるようにして、道を辿りながら歩き、その間に撮影もしたようだ。
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昼前、スタジオにて大木さんからスタッフへ、前述の“イベント当日の流れとめあて”の話。
今回1番センシティブだった点は、昨年度からのワークショップで撮影した映像(1人の時に撮ったものも含める)をどういう形で見せるか、である。
短くてもよいから編集して、一旦完成した“映像作品”として上映するという選択肢ももちろんあった。
しかし、そうではない実験をしてみたい、という意図が(その他、回り道トークを含め)約2時間かけて本人の口から説明された。つまり単なる上映というよりは、ワークショップに参加した人だけでなく、当日だけ来場した人も「映像」というメディウムを介して、記録と記憶について認知し、一人ひとりが当事者として、危機感や責任感をもって人々/社会の今後を考えられるような「何か」を実践したい。

思い返せば、このような主旨の話を最初にしたのが、今年度に入って第1回目のワークショップを実施した6月4日であった。まださらに抽象的な内容だったが、参加者の西尾さん、河合さん、アメ子ちゃんにむけて大木さんは同じ目標を話していた。
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結果、その「何か」がいまいち掴めないまま、アーカスプロジェクトはこのチャレンジを受け入れるわけだが、大木さんにとっても初めての試みとなるので、来場者からどういう反応が返ってくるか、そもそもその意図がきちんと伝わるかどうか皆目見当がつかない。
…イベント2時間半の具体的な進行が決められない。これはコーディネーターとしては胃が締め付けられる。2時間半は短いともとれるが長いともとれる微妙な長さだ。この時、不安や緊張が私の頭の中を侵略し始めていた。

その後大木さんは、会場設営を少し進めてチェックイン&シエスタのために本日のお宿、ビジネス旅館吉春へ。
20:30過ぎに再びアーカススタジオに現れ、会場設営、プロジェクションの具合をチェック、映像チェック、上映にまつわる話。
23:00頃私はスタジオを出て、大木さんとバーミンヤンで映像を見返し、「妙」のこの先の話、私個人の今後のことなども聞かれた。撮影はしていただろうか…思い出せない。その後COCOSに移動。
※ワークショップ名としては「大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。」だが、そこから生まれる映像作品を大木さんは「妙」と呼んでいる。

夜中1:30頃、車で大木さんを旅館へ送る。
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私はおそらく不安な気持ちで…
「2年前のあの日、アーティスト本人にこの企画を持って行ったときの覚悟を思い出せ。腹をくくってアーティストを信用すればいいだけのこと、大木裕之というアーティストと仕事をするということはそういうことだ。美術で社会に触る場をつくる。変える。etc.」と、自分に言い聞かせる。(これはイベント開始直前まで続く。)アーティストの支援を通して、人々の人生を変えたいという自分の強欲etc. について。
(この日起こったことから、茨城県の事業としてのアーカスプロジェクトを無闇に背負っている自分にも気付かされる。成果、効果、公金、税金、還元。こういった単語のネガティヴな側面ばかりがこれほどまでに自分の脳内の一部を占拠していたとは!それとも誰もかけていない期待を勝手に背負ういつもの癖かね?いやはやしかし、無闇というのは本当に危険である。)

後半、つらつらと自分の心持ちを記してしまったが、この時大木さんや参加者の皆はどのような心境だったのだろうか。明日のイベントを通してそういったこともわかりそうだ。
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参加者の当日の動きに関しては、すったもんだがあったが、結局、事前の集合時間なども無しにして「イベント当日は自分のタイミングでアーカススタジオに来るというアクションをしてください。」という旨をお伝えすることとなった。


後日考:【当日編】に続く。


[Photo:加藤甫]
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※これまでのワークショップの様子はこちらからご覧いただけます。
2014年度 第1回
2014年度 第2回
2014年度 第3回
2015年度 第1回
2015年度 第2回
2015年度 第3回&4回
2015年度 番外編
2015年度 第5回
      




           
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
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# by arcus4moriya | 2016-02-27 20:00 | 地域とアート | Comments(0)
〈映像作品のための連続/断続的WS〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015第5回目
皆さん、どうもこんにちは!藤本です。

「さてさてさてさて…。」2/20(土)の朝です。守谷駅西口前広場、タリーズ前です。本日は〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。約5回目を迎える朝です。この活動の成果発表「上映+その他のアクション」までの最後のワークショップとなりそうです。朝はタリーズで話し込んだあと、車で駅の南の行ったことのないエリアを走りました。その後なんとかふらふらとアーカススタジオまでやってきました。
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大木さんが事務所にいる光景も見慣れてきました。
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その後は、何とかタイミングを合わせてスタジオに来てくれた参加者の西尾さんと旦那さんと、茨城県の話、天領の話、お二人自身の話、県庁所在地・水戸との距離感、東京との距離感の話などをしました。
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そこから、水戸へ行くか、もしくは行かないか、しばらく話しながら考えます。そうしている間に時間は過ぎていきますが、大木さんは、先程地図で見た守谷⇄水戸の距離と、守谷⇄東京の距離感がけっこうひっかかっているようです。(地図で見ると守谷から水戸は随分遠く、東京はずいぶん近いです。)
「アーカススタジオから水戸芸術館までは高速を使えば1時間半弱ですよ。近いですよ。」とスタッフ全員や西尾ご夫妻から何度も言われる大木さんです。実際の距離(km)と移動時間で計る距離と、それを感じとる時には体でなかなか複雑なことが起こっているのだと思います。

本日は水戸芸術館で開催の「田中功起 共にいることの可能性、その試み」のオープニングで、そのレセプションに行けたら行く、というのがプランのひとつでもあったわけですが…じゃぁ、行きましょう。とスムーズに進むわけでもなく、それが大木さんにとって、この活動にとってどのような意味があるのかを考えなければ。でも行ってみなければわからないこともあります。大木さんにとっての水戸芸は2007年の「夏への扉―マイクロポップの時代」参加以来、9年ぶりの来訪となります。

とはいえ、結局向かうことになり、守谷駅で瀬尾さん(大木さんの知人)と合流し、常磐自動車道をただひたすら走ります。予言通り1時間半以内に水戸芸術館に到着。レセプション会場へ。レセプションでは様々な感情が渦巻いているように思います。その空気感をその場にいる人々も実は感じているのだと思います。

そうして、色々なことを考えながら話しながら水戸芸術館を後にして、
西尾夫妻と話した内容の流れも関係して、大木さんが「6号線を走ってみよう。」と言い始めました。茨城県石岡駅に立ち寄り、土浦駅に立ち寄り、取手駅に立ち寄り、もう1人の参加者・出田さんに電話をかけてみ(出田さんのスタジオ兼住居は取手)、繋がらず。
大木さんが寝ている間に瀬尾さんと話した時間も、私には良い時間でした。
そして、私は長時間にわたる強雨&夜の運転でだんだん疲れてきてしまいました。(そして、だんだん機嫌が悪くなってもいました。)

それを、大木さんが察してかどうかはわかりませんが…
取手では、出田さんとのワークショップの時に行ったカレー屋さんに入りました。
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チベットの話や、ヨーロッパの話、その他の…
何と忘れてしましました。どうしても思い出せません。
記録と記憶にまつわるワークショップ…。

…行きの車の中で、香水の話になったのは覚えています。大木さんの一番好きな香水POISON(Dior)と藤本の使っているNo.5(CHANEL)に、ほ乳類の糞の成分、スカトールとインドールが含まれているとかいないとか…これらの物質は、多くの香水の香料や定着剤、タバコの香料及び添加物として使われているらしい。
※スカトールはギリシャ語で「糞」を意味します。

さてはて一体「上映+その他のアクション」がワークショップ参加者や当日来てくれた方々を巻き込みながらどういう集大成になるのでしょうか。はたまたこれからも続く活動ための第6回目のワークショップになるのか…
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「上映+その他のアクション」大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。:後日考【前日まで編】 につづく。


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※これまでのワークショップの様子はこちらからご覧いただけます。
2014年度 第1回
2014年度 第2回
2014年度 第3回
2015年度 第1回
2015年度 第2回
2015年度 第3回&4回
2015年度 番外編
      

                                                                                                                                                                            







                                                                                                           
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# by arcus4moriya | 2016-02-20 22:00 | 地域とアート | Comments(0)
〈映像作品のための連続/断続的WS〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015【番外編】
皆さん、どうも。藤本です。
いよいよ来週2/27(土)に「上映+その他のアクション」を控えた2/19(金)。夜。

本日大木さんは守谷に宿泊する、というアクションのために夜中に東京から守谷に来ました。今年度の
〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。は、明日2/20(土)でおおむね5回目を迎えます。
ホテルのチェックインを済ませて、イベントゲストの前田真二郎さんに電話をしている、の図。サイゼリヤ茨城守谷駅前店の駐車場付近。
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「夜中の守谷は初めてじゃないですか。」などと話しながら、サイゼリヤに入り、店員さんに案内された喫煙席に座ります。周辺のシートには若者の集団が3組ほど。少し目をやりつつ、「妙。」についての話。からの「作品には色々あるよね、でも芸術じゃなくても表現できるような作品だってけっこうたくさんあるよね」という話が印象的でした。もっともっとその先に向かわなければ意味がない。と

このサイゼリヤにいる若者は、おそらく守谷出身で、生活圏内と遊び場所が重なっているポイント、このサイゼリヤで夜中を過ごしているのだろうという話をしました。
その後、その中のひとつのグループの子たちに話しかけ、撮影させてもらいました。
守谷出身の19歳の男の子、パティシエ志望。元野球部の男の子、そのマネージャーをしていた女の子。そしてもう1人の男の子。
私が想像していたより何十倍も健全で爽やかな若人でした。
深夜のサイゼリヤ、喫煙席。彼らは隣の席にいた別のグループの子と顔見知りだったようです。
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その子たちが「上映+その他のアクション」に来ないとしてもよくて、さっき話してくれた近い将来の夢の話だとかが映像として記録してあって、この先の未来にもしかしたら関係していて…
などという話をしながら、守谷駅近くのバーになんとなく向かい、前回アピタに来てくれた知人と偶然会って驚き、
最終的にはココスに向かう大木さんを見送る形で解散。
「明日は一体どうなるのかしら…。」と思いながら、とぼとぼ歩いて車を停めてある駐車場へ。


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翌朝。
2/20(土)第5回目を迎える、一日の始まりは守谷駅西口前広場にいます。
「さてさて…。」
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続き第5回目の様子は次回のブログでご紹介します。
どうぞお楽しみに!


〈映像作品のための連続/断続的WS〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015第5回目
はこちら。

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※これまでのワークショップの様子はこちらからご覧いただけます。
2014年度 第1回
2014年度 第2回
2014年度 第3回
2015年度 第1回
2015年度 第2回
2015年度 第3回&4回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
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# by arcus4moriya | 2016-02-19 22:00 | 地域とアート | Comments(0)
〈映像作品のための連続/断続的WS〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015第3回・4回
皆さん、こんにちは。藤本です。
1月21日(木)に〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015第3回目、2月13日(土)に第4回目を行いました。まず第3回目の様子をご紹介し、その後第4回目に続きます。(ちなみに、12月12日(土)も大木さんは来守谷し、帰りに参加者の河合さんとご飯を食べながら語らう会がありました。)


【第3回目】この日、大木さんはカメラを持ってきておりません。撮影するだけが映像制作ではないようです。前回までは参加者さんに集合時間/場所を伝え、きっちりスタートするような形でしたが、この回からはどうやら“臨機応変”と“適宜”がキーワードのようで2月27日の「上映+その他のアクション」に向けてチャレンジと調整が続いています。状況に反応しながら、訪れる場所や時間帯、誰に声をかけるか、これまでとは違うアプローチでとにかくフレキシブルに守谷周辺でアクションしています。
参加者を募ってプログラム化された形で映像制作をするのは、本企画オリジナルの形態で、通常大木さんはアーティスト個人として自身の方法をもってして映像制作に向き合っていることの方が多く…
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なんて言っている間に、「(参加者の)アメ子に電話してみよっか。」ということになり突然電話。アメ子ちゃんの出身校で待ち合わせ。正確には、車で近くまで行ったところで、「今○○の駐車場にいるんだけど…。」などと適宜場所を変えながら、大木さんが(おそらく)相応しいと感じる場所を探して守谷市内を漫遊し、最終的にその中学校集合ということで落ち着きました。にもかかわらず、ちょうど良い時間に来てくれたアメ子ちゃん、ありがとうございます。

合流後、アーカススタジオへ。
スタジオで会話しているうちに、アメ子ちゃんの予備校の時間が近づき駅に送っていくことに…受験を控えて忙しく大変な時間を過ごす中、大木さんが守谷に来る時には会えるようにしてくれます。

夕方にもう1人の参加者、西尾さんとも少し合流できました。
こうやって、カメラが無くとも皆さんと少しでも会うことが大木さんにとって大事なのだろうと思いました。



【第4回目】この日は、参加者の方に事前に声をかけておりません。まずスタジオで話をし、今日は“人が集まるところに行って、参加者以外の守谷周辺に住む人に対してアクションしてみよう”ということになりました。
結局メヒコにも行き、噂のフラミンゴを見ながら遅いランチをとりました。
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なかなか異常な状況なんですね、メヒコの店内。フラミンゴの不可解ながらも法則性を感じる動きを眺めながら、重力波初観測のニュースから始まり、アインシュタイン・放射線などが話題に。科学者と資本主義の関係は複雑なのでしょうか。
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その後、守谷駅経由でイオンタウンへ。土曜日・夕飯前の時間ということもあり、たくさんのご家族連れなどで賑わっています。しかも明日はバレンタインデーですね。チョコレートを売っているお店の横に座る大木さん。
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ここでは、お隣の常総市から夕飯の材料を買いに来てらした親子(お母様と高校生の息子さん)や、守谷市とその他周辺に住む中学生たちと話をしながら撮影させてもらいました。
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「将来どんな大人になりたいか」とか「外国へ行ってみたいか」など…。
若い皆さん、これからどんな人生を歩んでゆくのでしょう。今日のことを少しでも記憶しているでしょうか?突然知らない人(アーティスト)に話しかけられ、イオンの床にしゃがんで他人の目も気にしつつ話し込んだ記憶。


その後は、翌日2月14日に閉店を迎えるアピタ北守谷ショッピングセンターへ。ここは1987年に開店し、北守谷エリアの日常的な商業施設として、多くの人々の暮らしを支えてきた店です。(私もかなり通っていた。)この企画でアピタを訪れるのは2回目ですが、前回とは全く違う店内に複雑な気持ちになります。店内は一見、売りつくしセールの異様な熱気と高揚感で満たされていますが
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でもやはり圧倒的に寂寥感が勝ります。
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ソックスを買う、というアクション。
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この後、守谷市出身の知人が合流、アピタの思い出などを聞かせてくれました。それが1階の小さなフードコートだったのですが、そこからはその彼が子どもの頃に時々遊んでいたという古びたゲームセンターも見えていました。皆の思い出が詰まった場所がすっかり無くなってしまうというのは、本当に大きな出来事です。


その後は小雨降る中、つくばエクスプレス線のみらい平駅へ。守谷駅の隣の駅です。
駅の周辺は、新しい住宅、綺麗な道路、見慣れた大型スーパーやそびえ立つマンション。新しい街特有の既視感というか…匿名性の高さに似たものを感じます。

今回は、みらい平駅で解散です。
次回のブログもよろしければご覧ください。そして2月27日(土)16:30-19:00は、この活動の成果発表となる「上映+その他のアクション」を開催します。ぜひアーカススタジオにお越し下さい!
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〈映像作品のための連続/断続的WS〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015【番外編】につづく。

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※これまでのワークショップの様子はこちらからご覧いただけます。
2014年度 第1回
2014年度 第2回
2014年度 第3回
2015年度 第1回
2015年度 第2回
                                                                                                                                                                                                                  

                                                                                                                                                                                                      
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# by arcus4moriya | 2016-02-13 22:00 | 地域とアート | Comments(0)
HIBINO HOSPITAL vol.68@北茨城市 「忘れ物を探しに...」その2
ヒビノホスピタルvol.68@北茨城、その続きです。(その1はこちら

日比野さんから「忘れ物を探しに」いったあと、それから何をするか、続きます。
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配られた画用紙に四角をふたつ。左側の四角に今日見つけた/拾ったものをスケッチします。
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次に右側の四角に描くものは、隣り合わせた人が拾ったものと、自分が拾ったものとを合体させる、もしくは混ざり合ったもの。と指示が出ます。
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お隣さんに拾ったものを借りて組み合わせてみたり...
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ちょっと違うものにアレンジしてみたり...
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そうして、皆の絵が隣りと少しずつ、似通ってきています。
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その後に、この台詞を入れて行きます。
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左側に
「しかし、それはまるで私が昔なくした.............ようだ」
この....に当てはまる物語を書き込んでいきます。
右側には
「そしてそれから○年がたち、それは.............ました。」
と書き込んでいきます。今度は想像力を働かせ、何年か先のことを想定して一人につき2ページ分のストーリーができます。
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それぞれに描いた「忘れ物」にまつわる物語を、同じグループチームの隣の人とつなげていきます。すると、各チーム毎に12~14ページにわたる1冊の本に。これらをチームリーダーが全員分コピーします。原本を見ると笑みが止まらない日比野さん。
「それから500年が経ち〜....」次のページには「それから95年が経ち....」他にも10億年経ったところも。奇想天外な時空を超えた物語になっているようです。
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コピーを受け取ると、次は個々にのり付けして、製本して色鉛筆で彩色。一人一人のぬりえ絵本に着手します。
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夕暮れも過ぎ、薄暗くなってもまだ皆さん集中してお絵描きに夢中になっています。
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日比野さんも、表紙をドローイング。
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最後に各チーム毎にできあがった「忘れ物を探しに...」を朗読していきました。
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ひとチーム、抜粋します。表紙はこんな素敵な日比野さんの絵で始まります。
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p.1 しかし、それは、まるで、私が昔なくしたツムツムのゲームカードのパスワードが書かれたメモの切れはしのよう。7才の息子が見つけたら、よろこびそうだ。
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p.2 そして、それから4年がたち、それは東京オリンピックの抽選券になりました。東京オリンピックの帰り道、津波に遭いましたが、この流木につかまって家族全員無事、北茨城の、なつかしい貝がらがある海にたどりつきました。東京オリンピックは金メダルでした。

p.3 しかし、それは私が昔なくした木造の家や建物が木から造られていて、それが燃えると、1枚1枚のねんりんがはがれるように木の年齢が蓄積されたものだという本質を教えてくれるようだ。

p.4 そして、それから10年がたち、それはいきなり激しい火をともないながら、若い1本の木へと姿を変えていきました。

p.5 しかし、それはまるで、私が昔なくしたイヤリングの形の1部に似ていたが、ひろいあげると、波にあらわれて、表面はざらざら、つや消しで、あたたかく丸く、指輪やすりこぎのようだ。

p.6 そして、それから10億年がたち、それは石になり、砂になりました。

p.7 しかし、それはまるで私が昔なくしてしまった小さい文鎮の石であった。今日、久しぶりで故郷の海岸を散歩していた時にふと目につけて拾った小石で、それは昔なくしてしまった、あの小石のようであった……。

p.8 そして、それから10年あまりが経ち、それは、その小石が小さい貝柄となり幻影のように、形がうすれ、小石も貝柄もいつしか自然の中で小鳩になり遠い、はるかな海辺を自由に翔び廻っているようなファンタジーでありました。

p.9 しかし、それは、まるで私が昔なくした、自分の中身を収めておける器のようだ。

p.10 そして、それから50年がたち、それは色々なものを多く収められるように形を変えました。
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一人ひとりが拾ったものから想像して、拾ったものが形容されてつながっていくうちに、ストーリーの果てしなさに驚かされました。忘れ物を探しにいったはずだったのですが、実在するものを観察して生まれてくる創造力で、架空でも実際にあったかのような、あり得ないような....どのチームも壮大な物語に仕上がりました。
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最後に皆さんそれぞれに北茨城の今日この日にしか手にすることのない絵本を持ち帰ってもらい、記念撮影です!
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今回のHH vol.68、KENPOKU ART2016連携企画は絵本「忘れ物を探しに...」を完成させて終了となりました。北茨城市の皆さん、よう・そろーの皆さん、県北チームの皆さん、長時間にわたり、有難うございました!


写真・加藤甫
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# by arcus4moriya | 2016-02-06 18:42 | HIBINO HOSPITAL | Comments(0)
HIBINO HOSPITAL vol.68@北茨城市 「忘れ物を探しに...」その1
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こんにちは。
今年度2回目のヒビノホスピタルvol.68は、茨城県の最北端、北茨城市へ出張ワークショップ。
県南の守谷市からは常磐道の高速で1時間半足らず(意外と早い...!)で太平洋が一望できる、北茨城市漁業資料館「よう・そろー」にて開催しました。
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皆さん、ご存知ですか?今年の秋、茨城県の北部(茨城県民はケンポクと呼びます)6市町で開催される芸術祭。KENPOKU ART2016茨城県北芸術祭の開催市でもある、北茨城市です。
ここは五浦天心記念美術館や六角堂もある、芸術にゆかりのある町です。そして県内でも唯一、東日本大震災で茨城県内で津波による被害を多く受けたエリアでもあります。ここ、北茨城市でHIBINO HOSPITALを実施するのは、花園キャンプ場でのアートキャンプ「ホンコンフラワー」を行った2000年以来、16年ぶり!そして初の海側です。
アーカスプロジェクトが久しぶりにやってきたケンポクでのHHは、今秋開催の県北芸術祭との連携企画として行われました。
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というわけで、アーカスチームから会場の皆さんにご挨拶したあと、日比野さんにHHの話をしていただき、続いてKENPOKU ART2016の総合ディレクターの南條さんから県北芸術祭の紹介をしていただきました。
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お手元のチラシも参考に。県北で繰り広げられるバイオアートや公募作品、ハッカソンのほか、国内外からの様々なアーティストが6つの町に展示するこの秋に期待です。アーカスのOBアーティストもどこかの町へ戻ってきて展示する予定です。
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そして本日のお題。と、その前に、グループ分けしたAからFまでの6チームごとに軽くコミュニケーションをとってもらいます。今回は北茨城市からのみならず、近隣の町からも小さなお子さんから人生の先輩まで、39名集まりました。
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日比野さんは参加者と話すことから始まります。
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和んできたところで日比野さんから「今日は探し物、忘れ物をとりに行きましょう」とお題を発表。何をするのか?おそらく参加者がぽかーんとしているスキをあたえぬうちに、「まずは海に行きましょう。」と全員大津港の浜の方へ散策することになりました。(まだこの時点で参加者が何をするのかは、知らされていません。これこそ、HHの醍醐味!)
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ずんずん浜へと向います。10分ほど歩いたでしょうか。
(後日談ですが、ここは震災後、一般に入ることのできない浜でしたが今回のみ許可をもらい、特別に入ることができました。普段行っちゃいけないところに行けるワクワク感も高まります。)
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そうです、茨城県には太平洋を一望できる場所がいくつもあることを忘れておりました。資料館での記録では、ペリーが来る30年前に既に異人がこの大津港にたどり着いていた、という話があるのも驚きです。まだ津波の傷跡もあちこちにあるはずで、巨大な新旧のテトラポッドが鎮座する浜に到着。
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ここで思い思いに「忘れ物」を拾います。
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途中なにやら日比野さんが考えている様子。かと思いきや、いったん全員集合。
ここで何が行われたかというと...
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「だるまさんが........」
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「転んだ!」
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覚えてますか、子供の頃やった「だるまさんが........」
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「ころんだ!」
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そして「おしくらまんじゅう」までも。(こういう脱線?即興の出来事も突然起こるのがヒビホスの楽しみのひとつだったりします)
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ちょっと冷えた身体をあたためて、忘れ物を拾った参加者は再びよう・そろーへ戻ります。
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戻るとさっそく日比野さんから各チーム毎に、拾ってきた忘れ物をそれぞれ紹介してみよう、と。
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みなさん、いろんなものを拾ったようです。
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それぞれに拾った「忘れ物」を紹介して、次に移ります。
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日比野さんがホワイトボードに書いたものは.......その2に続く


写真:加藤甫
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# by arcus4moriya | 2016-02-06 17:36 | HIBINO HOSPITAL | Comments(0)
HIBINO HOSPITAL vol.67@常総市「MATCH FLAG PROJECT」
こんにちは。
2016年に入って最初の地域プログラムは、毎年恒例の人気プログラム、ヒビノホスピタルです。
今年はお隣の常総市、水海道公民館で実施しました。9月の大水害に遭ってから活動中止になっていた公民館が再スタートする直前に、こけら落としとして使用させていただきました。
しかも!北九州は太宰府から、ASIA DAIHYOの皆さんと、そして国際交流基金アジアセンターさんとの共催でMATCH FLAG PROJECTを開催する運びとなりました。
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マッチフラッグといえば、アーカスプロジェクトでも過去(2009年度vol.56/2010年度vol.58)に布を「貼る」方式でのワークショップを数回実施してきました。今回はASIA DAIHYOさんが展開される、アジア代表日本を応援するフラッグを、伝統の「染め」の技術を使って制作するワークショップ。いずれも、サッカーの試合相手国同士の国旗のデザインを用いてひとつの旗をつくる、というコンセプトは継続しています。
まずは今日ここまで水海道駅から歩いてきた、という日比野さんのお話と、HH67の説明から。
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奇しくも当日はリオデジャネイロ五輪のアジア代表予選。日本対タイの試合が開催される日でもありました。そして1月19日にはサウジアラビア戦も控えているということで、今日は、日本vsタイ、日本vsサウジアラビア戦のマッチフラッグをA〜I チーム、参加者50人超えの56名+スタッフ、10チームでスタート!
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リオといえばブラジル!常総市と言えば日系ブラジル人学校もあり、今日はその生徒さんも大勢集まってくれました。近隣のつくばみらい市や守谷から、近隣地区の参加者が多かったです。
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まずは各テーブルでタイやサウジアラビアの国旗をまじまじと観察して...日本の日の丸と組み合わせ、どんなデザインにするか考える時間。この日集まった、知らない人同士の組合わせでテーブルを囲み、単色の赤、青、緑、を使ってどう一枚の旗に落とし込むか熱心に考えるみなさん。
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次にデザインが決まったチームから別の部屋へ移動。ここには九州の伝統の染めに必要な布を張るしつらえがしてあります。事前に準備していた布の裏側には、竹ヒゴで張りを出すための仕組みが。
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チーム毎に決めたデザイン画を元に、実際に布へ下書きします。
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そして、今回染める染料や塗り方の説明を一通り聞きました。さあ塗り始めますよ!
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最初の一筆、緊張しますよね。
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大人もこどもも、みんな真剣。
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ときどき日比野さんも手を加えてくれたり。
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マッチフラッグのルールとして試合の日付と対戦国のアルファベット、試合開催地が入ります。
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今回はドーハ。昔『ドーハの悲劇』がありましたが、今回はドーハでの劇的勝利!を祈って。
どちらかというと日本vsタイのフラッグは意外とどのチームも簡単そうに見えます。
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というのも....。サウジアラビアの国旗、今まで見た事ありますか?
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剣とアッラーのアラビア語がみっちり埋まっているこの国旗。子どもたちはひとつひとつ、細かく観察してそれを布に写していきました。根気づよい...。
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1枚目が終わったら2枚目に突入。サウジ戦のフラッグはちょっと複雑。日比野さんもデザインに参戦。あれよあれよという間に、周りに人だかりができました。
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さぁ、完成までラストスパートです!
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最後の塗込み!試合と一緒で集中集中!
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各チーム毎に完成したマッチフラッグを少し斜めにして記念撮影。A/Bチーム。
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C/Dチーム。
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E/Fチーム。
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G/Hチーム。
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I/Jチーム。
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I/Jチームは時間が過ぎても完成するまで頑張った最後のチーム。もう夜になっていました。アーカスx県北スタッフさんも一緒に記念撮影。
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お疲れさまでした!この晩のタイvs日本戦は見事日本の圧勝!日比野さんも大変喜んでいました。
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この日フラッグを持ち帰ったチームは、テレビの前で応援していたことと思います。そしてもちろん、その後にサウジ戦も打ち破り、日本チームがU-23アジアチャンピオンになり、リオ五輪の予選を通過したのは皆さん周知の通り。常総市の皆さん、長時間にわたりHHvol.67にご参加いただき有難うございました。そしてASIA DAIHYOの皆さん、日比野研OBの皆さん、貴重な機会を有難うございました!

写真:加藤甫
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# by arcus4moriya | 2016-01-16 17:45 | HIBINO HOSPITAL | Comments(0)
12/5 110日目、帰国の日、成田へ。/Day110 Time to go home from Narita Airport
こんにちは。石井です。思い起こせば始まりはお盆過ぎの真夏。あれから3ヶ月あまりのレジデンスプログラムも季節が変わり、この日初めて車のフロントガラスが凍っていました。
Hello this is Ishii. When we look back the beginning of our residency program, it was just after Obon in the middle of summer. It had already passed three months since the resident artists arrived here, Moriya city, as the season changed from summer to the beginning of winter. Today I noticed that our car had frost on windshild for the first time in this year.

110日目は最後の日です。早朝から成田空港へ。圏央道のお陰で、守谷と成田が近くなりました。富士山と筑波山と牛久大仏を拝むうちにたったの50分で到着。
Day 110 was the last day of the residency program. We went to Narita Airport in the early morning to send the artists off. It took only 50 minutes to reach there because new highway connected Moriya to Narita directly. We could see Mt.Fuji, Mt.Tsukuba and Giant Ushiku Amida Buddha from a car on the way to head to the airport.

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3人ともほぼ同時に発つため、ターミナルの違うステファニーは、ここで皆とさよなら。抱擁と、またいつかどこかの国で再会することを願って。
Their boarding times were almost the same, but Stephanie had to get the flight from different terminal, so it was the time to say goodbye to Stephanie. We gave big hug to each other in front of the entrance while we wished to meet up again someday somewhere in the world.
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それぞれに最後のお別れをしました。もう既にウルっとしている藤本さん。
We exchanged farewell messages and greetings with all artists. You can see Fujimoto-san had teary eyes.

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アンガも最後のお別れを。実は前夜、ステファニーと5分差だった離陸時間の彼の便が、3時間遅延するとの情報で大幅に遅れそうなところ、別便に振り替わり30分だけ延びた、という奇跡(その1)が。私達も第1ターミナルから第2ターミナルへ!間に合いました。
Last shots with Anngawan. Actually, he had almost the same flight schedule as Stephanie, but his flight was late over three hours, which was problematic for him because he had a meeting after his flight. However, he succeeded to negotiate about changing his flight somehow, and he could catch earlier flight luckily (miracle No. 1). After we sent Stephanie off, we ran as fast as possible from terminal 1 to 2 to say goodbye to Angga.

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男の熱い抱擁で。
Huge hug.

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いつも気さくなアンガは男泣き。エドゥアルドももらい泣き。初来日の日から110日でこれほど皆が切磋琢磨して未知の世界を探求してきた今だからこそ、感慨深いものがあるようです。わたしたちも何度も見送っているものの、毎回この時だけはいろんな思いがよぎります。今回、初めて日本に来た彼らに「また近い未来、立派になって帰っておいで。」と叔母のような気持ちになります。
Though Anggwan is easy-going person with big smile on his face all the time, this time he cried hard, which made Eduardo weep in sympathy. Since they had shared 110 days working hard and exploring the new world together, they looked like they were deeply moved to face the ending of their adventure in Japan. We see this kind of situation every year, however even for us, we had lots of thoughts at this moment. I felt like becoming their aunt and said "be tough and come back to Japan in near future".


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インドネシアは近いからまたすぐ会えますよ!
Indonesia is close to Japan, so we can meet you again soon!


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さぁ、最後はエドゥアルド。ちょっと涙もろく愛嬌があって繊細なお兄さん的な。(いや、今年は全員ピュアで涙もろい印象)
Then, the last passenger was Eduardo. He was charming, sensitive, soft and gentle. (Well, in this year, all of three artists gave us the impression of sensitive and sentimental.)

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最後に出発したエドゥアルドも見えなくなるまで別れを惜しんでさよならを。
We waved our hands again and again even after he disappeared from our eyesight.

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御見送りした皆さんで。(ごめんね、ステファニー!)
Here is the photo of the resident artists and staff. (Sorry we could not involve you, Stephanie!)
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今年のレジデンスプログラムも彼らの帰国・到着の便りをもって、無事終了です。
When the artists arrive their home countries safety is the time the residence program in 2015 is completed finally.

後日談をひとつ。
3人にはアーカスのあるサポーターさんから一人一人、旅のお守りが渡されており、私達も無事の帰国を祈りながら空港をあとにしました。まさか、このあと国に到着した誰かが、「大事な荷物を駅で置き忘れ、不審物確認のために警察に届けられた。」なんてまるで日本での出来事のような奇跡(その2)が起きるとは知る由もなく。そのアーティストからは「あのお守りのお陰で、皆で作った作品の一部を失わずに無事帰国できた。ありがとう」との言葉を承りました。まるでアンガーの「なくして見つけてなくしてそれからどうなる課」という言葉通りの顛末のようです。一つの出来事が思い出になりました。日本でのサポーターさんとの様々な会話や関わり合いは、アーティストにも多大な影響を与えます。アーティストの持っている運もありますが、その人となりが、旅の安全をも守ってくれたようです。様々な場面でお世話になった皆様にも心より感謝を申し上げます。
By the way, there was the sequel to their journey.
As one of our supporter wished their safe journey, he gave the artists good-luck charms before they left Japan. Nobody expected that one of the artist left his luggage in the station, but fortunately he could pick it up at the police office (miracle No.2). The artist sent us this message
"thanks to the good-luck charm, I did not lose the piece of artworks made by many friends of mine in ARCUS Studio. Thank you."
This event reminded me Angga's special institution 'Lost and Found and Lost and What Department', and this story became a piece of my precious memory. I think the conversation and relationship between our supporters and resident artists strongly affected to their artworks. Of course he might be lucky person originally, however in this case, I believe he built good relationship with locals in Moriya, which brought him good luck to get his artwork back. Thank you so much again for everyone who had supported our resident artists.


お疲れ様でした。アーカスプロジェクトチームは彼らの将来を陰ながら見守っております。
We are very thankful to the artists' hard work in ARCUS Studio. We wish them all the best in the rest of their lives.
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# by arcus4moriya | 2015-12-05 16:01 | AIR | Comments(0)
12/4 市長表敬/Courtesy call on the mayor
オープンスタジオの活動実施報告は適宜ブログにて更新します。その前に….
We are going to write new article about OEPN STUDIOS as soon as possible, but before that...
今朝は早朝から守谷市役所へ。守谷での110日間(109日目ですけれども)の滞在報告とご挨拶に訪れました。
We visited Moriya city hall in this morning to report about residence program in ARCUS Studio, especially about our artists' experiences to stay in Moriya city for 110 days (well, 109 days so far, strictly speaking).
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初めて守谷に来たばかりの100余日前の頃とは違って、3人とも終始和やかに、守谷での活動を一人一人、報告しました。会田市長からは、どこへ行ったか、何を食べたのか、日本はどうだったか荷物は詰め終えたのか...質問を受けます。3人ともそろって口にするのは、「あっという間の110日間だったこと」のようです。思えば今年はお盆あけの8/18という真夏に初来日し、日本の生活や自然災害に関するレクチャーも受けてまもない頃、9月の常総市水害による被災者にとっての生活拠点と、彼らの制作活動拠点が、避難所施設(もりや学びの里)として機能するという、アーカスプロジェクトのレジデンスプログラムの歴史上でも、これまでにないことを経験しました。秋には歴代のOB作家が来年度開催の県北芸術祭に向けて続々と再来日を果たし、彼らにとって先輩にあたるアーティストたちと会う機会が多かったり、11月のオープンスタジオまでの活動をはじめ、その間にあった地域との関わりやその成果など、、、思い起こせば若い3人にはいろんな出来事がまさに「光陰矢の如し」だったようです。
Our residence artists had already been here at the very beginning point of their stay, but unlike the last time, they relaxed to share their experiences in this city. Mayor Aita asked them many questions, as where they went, what they ate, how their lives in Japan were, and if they finished packing to go back to their homes. The artists looked back the time they spent in Moriya, and said "the time passed extremely fast here". I think they went through so many things in Moriya. They arrived here on 18th of August in the middle of summer, and they shared the place in our Artist In Residence with the evacuee of water flood in Joso city as soon as they took the lecture about natural disaster in Japan on September. Several past residence artists came back to ARCUS Studio in autumn, they had chance to meet lots of artists with great career, interacted with locals, succeeded OEPN STUDIOS on November and so on… For them, "time flew like an arrow" which is old Japanese proverb.

最後に、守谷市長の市長室へ。これは滅多にない機会です。
At the end, we were invited to Mayor's room, which was great honor for us.
エドゥアルド市長。
So, here is Mayor Eduardo.
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かわいい。
Kawaii.
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ステファニー市長。
And Mayor Stephanie.
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アンガ市長はもう、自由ですねぇ。
Mayor Angga was, well, unique.
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市長は息子・娘のようにかわいがってくれました。
Mayor took care of them just like his son/daughter.
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最後に、同じ8月に来日して守谷市役所に務めているルイーザにもご挨拶。ありがとう!ルイーザ。
Then, they said goodbye to Louisa. She came to Moriya on August, at the same timing with them, to work in Moriya city hall. Thank you Louisa!
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出会った皆さんから口々に「また帰っておいで」と言われるたび、3人は嬉しそうでした。彼らの日本の滞在活動がいつか生かされて将来、また再来日して活躍できることを祈って。彼らはお世話になった関係者の皆さんに挨拶をして明日の帰国・出発に向けて市役所を後にしました。
守谷市の皆様、近隣のサポーターの皆様、お世話になった皆様、ありがとうございました。
They looked happy that many local people told them to come back to Moriya city. I do hope they could build great career in the future and come back here someday. They said goodbye to staffs who had supported their projects, and we left the city hall to get to start in new place.
Thank you so much everyone including locals and supporters for your cooperation.
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# by arcus4moriya | 2015-12-04 17:18 | AIR | Comments(0)
12/1 森美術館でのプレゼンテーション/Presentation at Mori Art Museum
こんにちは。朝重です。
Hello, Tomoshige is writing.

オープンスタジオも無事に終え、アーティストたちもしばし落ち着いた日々を過ごすなか、今日はみんなで森美術館を訪問しました。
Because OPEN STUDIOS was over finally, our residence artists look they relax and enjoy the rest of their stay in Japan. Today we visited Mori Art Museum.

今回、森美術館に来たのは、展覧会を観にきたのではありません。
アーカスプロジェクトは設立当初からアドバイザーを森美術館の館長である南條さんにお願いしております。その関係のなかで、今回はレジデンスプログラムの一環として、森美術館のキュレーターの皆様、またスタッフの皆さんにアーティストたちの活動についてプレゼンテーションの機会を頂きました。
This time, the purpose to come to Mori Art Museum was not for the exhibition.
The director of Mori Art Museum, Nanjo-san has been working as the advisor of ARCUS Project since the project started. Thanks to him, we have been able to keep good relationship between Mori Art Museum and ARCUS Project. We were honored to have this great opportunity to do presentation to introduce our residence program, particularly about artists projects for the curators and staffs of Mori Art Museum.

皆さんの貴重な時間を頂いて、キュレーター、スタッフ陣を目の前にしてアーティストたちは少し緊張の面持ち。最初に今年度の3人について簡単に紹介をします。
I am thankful to the audience to spare their time for our presentation even though they should have been busy. The artists looked a bit nervous standing in front of people. We got started by introducing three residence artists briefly.

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まずはステファニーから、彼女の過去作品と今回の活動について話します。
The first presentation was done by Stephanie. She described her past artwork and recent project.
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続いてアンガー。インドネシアの歴史構築がどのように彼の作品制作に影響を与えたのか、また今回の滞在にて、彼がどのように人の歴史をあつめたのかを語ります。
We welcomed Angga as the next presenter. He talked how Indonesian history affected his art project, and how he collected the individual and personal histories during his stay in Moriya city.

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最後に、エドゥアルド。エドゥアルドは22日に実施したパフォーマンスの記録を仮編集したものを元に、今回のプロジェクトについて説明していました。
Lastly, Eduardo explained his ongoing art project while he showed the documentary of the performance done on 22th.

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キュレーターの皆さん、スタッフの皆さんから個別に質問を受けたり、自身の制作について言葉によって説明を行うことは、レジデントアーティストたちにとっても大変貴重で重要な経験になったに違いありません。
I strongly believe that it should have been wonderful opportunity for the artists to have questions from staffs and explain their project by words.

このような経験を経て、アーティストたちが再度、日本に展覧会やプロジェクトの機会を得て、戻ってきてくれることを期待しています。
I expect the artists would get the chance for exhibition and art project in Japan through this kind of experience, and come back here someday in the future.

森美術館の皆様ありがとうございました。
Thank you very much for staffs in Mori Art Museum.
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# by arcus4moriya | 2015-12-02 21:43 | AIR | Comments(0)
11/30今年度のオープンスタジオも無事終了しました。/Artist-in-Residence Program2015ended successfully
こんにちは。朝重です。
Hello, Tomoshige is writing.

今年度レジデンスプログラムのオープンスタジオは11月22日に終了しました。
11月14日より22日までの(16日の月曜日を除く)、8日間にお越し頂いた皆様、ありがとうございました。
On 22nd of November, our Artist-in-Residence Program in 2015 ended without any problems.
Thank you all for visiting us and joining OPEN STUDIOS held for eight days; 14th-22nd of November (except 16th).

オープンスタジオでは、3人のレジデントアーティストたちのプロジェクトの経過・成果の発表にあわせ、キッズツアースタジオツアー、ゲストキュレーター飯田志保子氏とアーティストとのトーク、また星野太氏と小田井真美氏を招いて飯田氏と共にディスカッション(12 )など実施しました。
In OPEN STUDIOS, three resident artists showed us their processes of productions, and we organized Guided Tour for Kids, Guided Tour by Coordinators, Artist Talks×Shihoko Iida, and Open Discussion.


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今年度招聘したアーティスト3人の活動は、様々な方の協力、参加を必要とし、彼らが滞在期間中に出会った人との関係のなかで、手探りにて発展されていったものとなりました。
そして、オープンスタジオ期間中、平日の静かなスタジオのなかでじっくりとアーティストとお話して頂いたり、また休日にわざわざ足を運んで頂き、同じ時間を共有して頂いた皆様との対話から、アーティストたちは活動を更に進めていくこととなるでしょう。
All three resident artists could develop their productions thanks to your cooperation, understanding and participation.
I am sure your dialogue the artists and the time you shared with them during OPEN STUDIOS would contribute for the artists to build their careers as artists in the future.


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あわせて、ディスカッションにおいても、参加や地域という話題が議題にあがり、地域のなかで、住民の参加を視程にいれた制作を進めていく活動を行うことの意義や難しさといった問題が見えたように思われます。
In this event, Open Discussion, we discussed deeply about participation and region. It was so thought-provoking topic for me that I reconsidered how meaningful but difficult to engage local people with art project.

オープンスタジオは、出来る限り「見せる/見る」だけの関係や経験の場でなく、アーティストをふくめ、その場に居あわせた人同士が交流するための媒介のような場でありたいと思っています。
今年のオープンスタジオは、8日間と日程も長く、そのような場になったのではないかと思います。
I hope OPEN STUDIOS was wonderful chance for both artists and participants to interact with each other and build equal relationship.
That is the reason we had held this OPEN STUDIOS 2015 in longer period than the one in previous year.

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お越し頂いた皆様からは運営側にも、アンケートを通じて、ご意見、ご提案など多くお寄せ頂きました。より良いオープンスタジオとするため、皆様のご意見ご提案から浮かびあがる問題点について改善していき、今後の活動につなげていきたいと思います。
We received lots of reviews, opinions and suggestions from participants through questionnaire. We carefully take it in consideration and deal with problem to make the event even better for next year.

あらためて、参加頂いた皆様、またご協力頂いた皆様、そしてサポーターの皆様に感謝し、御礼申し上げます。
今後の3人の活躍、ここでのプロジェクトの発展の機会があれば、アーカスプロジェクトからお伝えしていきますので、どうぞよろしくお願い致します。
We are very thankful for your participation, cooperation and supporting. Thank you again and again.
We are going to update the information of three resident artists through this website, so please follow and do not miss.

(写真:加藤甫)
(Photo: Hajime Kato)
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# by arcus4moriya | 2015-11-30 12:00 | AIR | Comments(0)
11/27AIT+ARCUSミングリアスナイトvol.8/AIT+ARCUS Minglius Night Part 8
皆様こんにちは、山﨑が書いています。
Hello everyone, Yamasaki is writing this article.

花金の夜に良い音楽と良いビール片手に、アートについて気軽に意見交換し合えたら最高だと思いませんか?本当にそうでした。今日はアーカスプロジェクトが参加したこのイベント「AIT+ARCUSミングリアスナイトVol.8 隠れん坊~隠れた歴史や境界線を探して~」について、皆さんに共有したいと思います。
Just imagine, wouldn't it be so lovely to chat about arts with good music and good beer at Friday night? Yes it was, indeed! In this article, let me share the story about this event "AIT + ARCUS Minglius Night Part 8; Hide and Go Seek- Uncovering history and borders".
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11月27日にアーカスは、代官山のアーティスト・イン・レジデンス、AITとアーティスト・トークのイベントでコラボレーションしました。AITを会場に、AITとアーカスプロジェクト双方の滞在アーティスト達5人が過去の活動や日本滞在中に行ったリサーチ、制作についてプレゼンテーションを行いました。
On 27th of November, we collaborated with AIT, the Artist In Residence located in Daikanyama, Tokyo, and we held artists talk event together in AIT. Five residence artists from AIT and ARCUS Project did presentations about their past artworks, researches and experiences in Japan.
暖かい照明、ジャズが流れ、アーティスト達の母国にちなんだお酒と食べ物をつまみながら、参加者は交流を楽しんでいました。パジャマパーティーのような雰囲気でした。他のレジデンスの海外アーティストや美術関係者が目立ちましたが、AITが主催する現代芸術学校MADの学生さん達もいらしていました。
I felt so cozy that it was like pajama party with warm lights, jazz, beer and foods from artists' home countries. The participants were mostly artist, curator, art director and coordinator, but I also met couple of students of MAD (the non-formal contemporary arts school run by AIT). They enjoyed chatting and interacting with each other.
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イベントは和やかな雰囲気の中、アーカスプロジェクトの紹介から始まりました。
The event got started with introducing ARCUS Project.
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アーカスプロジェクトの3人のアーティストの濃いプレゼンテーションを順に聞きました;ステファニー・ビックフォード=スミス(英国)、エドゥアルド・カシューシュ(南アフリカ)、そしてティモテウス・アンガワン・クスノ(インドネシア)です。それぞれポイントが明確なプレゼンだったので、彼らの社会への問題意識や日本へ来る前の活動が今回の制作と深く繋がっていることを改めて納得しました。
We had great interest to listen to the stories of three residence artists from ARCUS; Stephanie Bickford-Smith (U.K.), Eduardo Cachucho (South Africa) and Timoteus Anggawan Kusno (Indonesia). Because the points they wanted to stress in each presentation were clear, I think it was easy to get they had created artworks as one tool to approach and deal with social subjects.
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アーカスプロジェクトのアーティストによる発表と質疑応答を終えた後は、AITのプレゼンテーションの時間です。まずはAITのレジデンスプログラムの概要からお話が始まりました。
After the presentations and Q&A session by ARCUS artists were over, it was AIT's turn to talk. First of all, the coordinator explained residence program in AIT.
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そしてAITの滞在アーティスト、メンヤ・ステヴェンソン(ドイツ)、エマ・ブランシュとフレデリック・ファルク(スウェーデン)のトークを聞きました。日本の文化や伝統的な産業技術が彼らの作品の中に取り入れられていく過程を見られて興味深く思いました。
Then, we welcomed AIT residence artists as presenters; Menja Stevenson (Germany)
, Fredrik Färg and Emma Marga Blanche (Sweden). It was interesting for me that they had discovered Japanese culture and traditional industrial skill as something new in arts context, and I could see the process they took those Japanese elements into their works.
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滞在アーティスト達の制作のコンセプトについて聞いたことは、日常生活や社会構造を新しい視点から見つめる良い機会となりました。最後にAITとアーカスプロジェクトの滞在アーティストとスタッフ一同で。楽しい夜の時間をありがとうございました。
It was great opportunity to see our daily lives and social structure from new point of view; arts. The photo of residence artists and staffs from AIT and ARCUS Studio. Thank you very much for inviting us to such a lovely night.
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# by arcus4moriya | 2015-11-27 11:04 | AIR | Comments(0)
エドゥアルドのスタジオ:OPEN STUDIOS
エドゥアルド・カシューシュ[南アフリカ]

segurando, andando, caindo - つかむ、歩く、倒れる

1.エドゥアルド・カシューシュによるステイトメント

segurando, andando, caindo - つかむ、歩く、倒れる は茨城の中高生2つのグループを対象に行ったワークショップのシリーズです。常総市にあるエスコーラ・オプションの日系ブラジル人中高生、また取手市の取手松陽高等学校の日本人高校生に参加してもらい、文化、言語、日常生活での身体の動きについて問いかけました。

このワークショップを実施するにあたり、私は1世紀以上にも及ぶブラジルと日本の政治的、社会的関係性を念頭に置き続けてきました。ブラジルにはおよそ1500万人の日系人が住んでおり、日本には約20万人の日系ブラジル人が住んでいます。このコミュニティと日本との関係性は、日本人でもありブラジル人でもあると自覚する人々にとって、重要なつながりとなっています。

複数回にわたって実施したワークショップからそれぞれの生徒が制作したのぼりや、そのワークショップのプロセスの様子を記録した映像で構成されたインスタレーションで成果を可視化しました。また22日の最終日には、それぞれの学校から選出した生徒たちによるパフォーマンスを行います。


2. 飯田志保子氏によるコメント [ ゲストキュレーター 2015 / キュレーター / 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科准教授 ]
南アフリカ出身で現在ベルギーを拠点に活動するカシューシュは、これまでも異文化の流入や他者との出会いが人の心理、言語、無意識的な身体の振る舞いにどのような影響を及ぼすか、映像やパフォーマンスを用いて考察してきた。来日前からカシューシュは日本とブラジルの関係に関心を寄せていたが、茨城県常総市にあるブラジル人学校の先生との出会いから、その15-16歳の生徒と取手市の高校に通う日本人の学生を通じた、異文化間の相互関係を探求する方向へと活動を進展させてきた。11月22日に行われるパフォーマンスで両校の生徒が出会う前に、カシューシュは各校の生徒に対して別々に複数回行わたってワークショップを行った。それは彼がダッチ・アート・インスティテュートの修了制作で自ら行ったレクチャー・パフォーマンス《私はつかむ、歩く、倒れる(I’m holding, walking, falling) 》(2015)を出発点とし、複数の生徒が関われるように展開したものである。文化背景を異にする他者同士が即興的に共通言語を発案・構築していく行為や、他人の日常的な仕草を注視して抽出することは、今回参加した生徒たちが常陸大宮市の「西の内和紙」を用いて制作したバナーと、それを使ってオープンスタジオ最終日に行われるパフォーマンスに反映される。カシューシュのアーカスでの活動には、相互関係によって発明されるコミュニケーションの即興性と、自分の身体がいかにしてそれを体得し、日常化するかの挑戦が凝縮されている。



Special Thanks:
エスコーラ・オプション(常総市)、取手松陽高等学校(取手市)、安部 比呂代、秋山 陽希、ダラ ハルミ ドス サントス、藤瀬 ジョージ、今西 秋恵、石田 礼美、金城 アウヴァロ カツアキ、風見 友季亜、桐木 ユウゾウ ネト、松下 アユミ、リタ 大城 村上、小川 良美、酒井 和泉、坂本 エミリ マユミ モタ、高野 カウェ、タゾエ ロドリゴ、上田 ヤナ 新城、上村 まゆみ、ウエノ フェルナンド、渡邊 夏海、ジュリアナ タミー 山本 ポンテス

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撮影:加藤 甫
                                                                                                                                                                                                                                               
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# by arcus4moriya | 2015-11-25 12:01 | AIR | Comments(0)
Eduardo's studio:OPEN STUDIOS
Eduardo Cachucho[South Africa]

segurando, andando, caindo - holding, walking, falling

1.Statement by Eduardo Cachucho
A series of workshops have been undertaken with two groups of high school students from Ibaraki prefecture. Brazilian-Japanese students from the Escola Opção in Joso City and a group of Japanese students from the Toride Shoyo in Toride City were invited to take part in workshops that question culture, language and the body in everyday life.
Kept in mind during these interactions is the relationship between Brazil and Japan on a political and social level, now over one century long. With the Japanese population in Brazil at some 1.5 million and the Japanese-Brazilian population in Japan at around 200,000. The relationship between this community and Japan offers an important link to people who identify as both Japanese and Brazilian.
Visible in the installation are outcomes from these workshops including banners created by each student and video documentation of the workshop process. A performance by selected students from each school will be held on the closing day of the open studio 22 November 2015.


2. Comment by Shihoko Iida [ Guest Curator 2015 / Curator / Associate Professor, Department of InterMedia Art, Faculty of Fine Art, Tokyo University of the Arts ]
Cachucho born in South Africa, currently based in Belgium. His video and performance pieces have dealt with the effects of foreign culture and encounters with others on human psychology, language and unconscious body movements. Cachucho was interested in the relationship between Japan and Brazil even before arriving Japan. But a meeting with a teacher from a Brazilian school in the Japanese city of Joso in Ibaraki inspired him to explore the relationship between different cultures. He approached this by working with 15-16 year-old students from the Brazilian school, and Japanese students from a high school in Toride. Before the students from the two schools meet on the 22nd November for a performance, Cachucho conducted workshops with them in separate groups. For his workshops, Cachucho adapted his lecture performance, I’m holding, walking, falling, produced for his graduation piece at the Dutch Art Institute in 2015, to accommodate multiple students. The shared language created through communal improvisation with people of different cultural backgrounds and the observations of other people’s everyday gestures are reflected on banners made with the students, using “Nishi-no-uchi Washi paper” from Hitachi Omiya city, and which will also be used in the performance on the last day of the open studio. Essentially Cachucho’s activity at ARCUS Project shows an array of challenges in improvised communication invented through interrelations, and how these are mastered by our bodies and then transformed into everyday matter.

Special Thanks:
Escola Opçao, Toride Shoyo High School, Hiroyo Abe, Haruki Akiyama, Dara Harumi Dos Santos, Jorge Fujise, Beatriz Akie Imanishi, Ayami Ishida, Kanashiro Alvaro Katsuaki, Yuria Kazami, Yuso Neto Kiriki, Ayumi Matsushita, Rita Oshiro Murakami, Yoshimi Ogawa, Izumi Sakai, Sakamoto Emily, Mayumi Mota, Kawe Takano, Rodrigo Tazoe, Yana Arashiro Ueda, Mayumi Uemura, Fernando Ueno, Natsumi Watanabe, Juliana Tamy Yamamoto Pontes

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Photo:Hajime Kato

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# by arcus4moriya | 2015-11-25 12:00 | AIR | Comments(0)
ステファニーのスタジオ:OPEN STUDIOS
ステファニー・ビックフォード=スミス [英国]

たぶん、私は日本語を話す日本人に見える、日本人として感じた

1.ステファニー・ビックフォード=スミスによるステイトメント

英国ではなく、守谷で生まれ育ったとした場合、私の人格はどれほど異なったのだろうか。私自身が日本人であると想像することから、どのように1人の人間が、異なる国籍をもつ仲間と感情のつながりを持てるのか探求しています。

コミュニティに介入し、観察することで、守谷での仲間の感情を理解し始めました。この感情と私自身の守谷での体験を比較しながら、日本人としての私はどうであるかを想像し始めました。書くこと、うごき、音、パフォーマンスを通して、私自身と他者が、それぞれ別人格をイメージすることが可能となる創造的な演習を行いました。

大規模な移民社会のなかで、国籍を維持する心理的な境界に挑戦し探求しようとしています。

制作の一部として、パブロ・ナルーダによる「衣服への歌」を独唱します。



2. 飯田志保子氏によるコメント [ ゲストキュレーター 2015 / キュレーター / 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科准教授 ]
「日本人になる」ためのリサーチを行いたいという興味深い提案をしてきたビックフォード=スミス。まずはドローイングや写真を用いて自分と周囲の人々の外観ならびに内観的な観察を重ねた。そのうえで彼女は、自分と呼応するような立場の日本人として守谷在住か出身の同年代の女性を募集し、瞑想的なワークショップを実施。プライヴェートな部屋のようなセッティングをしたスタジオ空間に参加者を招き入れ、簡単なエクササイズをしながら自分の体の部位や動きに意識を集中するよう促した。そして参加者が互いの動作を模倣し合う時間を共有した後、どこか知らない場所にいる外国人女性の気持ちになることについての問いかけをした。それによって参加者は自意識を外部に投影し、「他者になる」過程を共有した。ビックフォード=スミスがこのワークショップで試みたのは、アイデンティティを形づくる人間の心理作用に揺さぶりをかけることである。自分の内に形成されていくかもしれない日本人のような気持ちとはどのようなものか、彼女はイギリス人としての自我を一時的に潜め、ここ守谷で感情を他者に同化させるプロセスを可視化させることに挑戦している。それは古着に袖を通し、衣服が留めているかもしれない誰かの肌と記憶の痕跡を想像することにも似ているだろう。



Special Thanks:
國分 舞、樋口 朋子、 松永 万澄、 奥村 由子、ベン・ペピアット、逆井 恵美、 ベニシア・スタンリー=スミス、清水 美帆、高橋 菊子、 高見澤 優海、 和地 恵子、山田 侑、山野井 照顕


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撮影:加藤 甫
                                                                                                                                                                                                                                                                                             
                                                                                                                                                            
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# by arcus4moriya | 2015-11-24 12:01 | AIR | Comments(0)
Stephanie's studio:OPEN STUDIOS
Stephanie Bickford-Smith [UK]

Perhaps I speak look feel Japanese

1.Statement by Stephanie Bickford-Smith
In My practice speculates how my persona may have been different had I been born and raised in Moriya rather than Britain. Through an imagined projection of my Japanese self, I hope to explore how one can enter an emotional connection with peers from different national backgrounds.
By collecting research through primary interactions and observations with the community, I have begun to build an emotional understanding of my peers here in Moriya. Through comparing this image with my experiences from home, I am starting to imagine what my Japanese self could be. I have developed creative exercises using writing, movement, sound and performance to help myself and others imagine alternative personas.
In a world of mass migration, my work aims to explore and challenge the psychological borders that national identity maintains.
As part of my work, I will perform recitals of the poem, ‘Ode to Clothes’ by Pablo Neruda.


2. Comment by Shihoko Iida [ Guest Curator 2015 / Curator / Associate Professor, Department of InterMedia Art, Faculty of Fine Art, Tokyo University of the Arts ]
Bickford-Smith made an interesting proposal: to research how to “become Japanese”. She began by observing her own and other people´s inner self and appearance, through drawing and photography. She then held meditative workshops with female residents born in, or living in Moriya. These were of her own age - women who she considered as Japanese counterparts to herself. The participants were invited to her studio, set up to imitate a private room. There she encouraged them to focus on their bodies and movements through simple exercises. After an initial phase where the participants imitated each other’s movement, she gave them questions about how they could be connected to feelings of a female foreigner who is in an unfamiliar place. Through this process, the participants projected their consciousness about themselves to the outside, and shared the process of “becoming the other”. Bickford-Smith tried through her workshop to shake up the psychological effects that shape people´s identity. By temporarily concealing herself as a British and focusing on the feeling of being Japanese, she is trying to visualize the process of assimilating the feeling of the other while in Moriya. The sensation is similar to how we imagine the traces of someone’s skin, and the sense that memory might remain in old clothes as we put them on.


Special Thanks:
Mai Kokubun, Tomoko Higuchi, Masumi Matsunaga, Yuko Okumura, Ben Peppiatt, Megumi Sakasai, Venetia Stanley-Smith, Miho Shimizu, Kikuko Takahashi, Yu Takamizawa, Keiko Wachi, Yuki Yamada, Teruaki Yamanoi

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Photo:Hajime Kato

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# by arcus4moriya | 2015-11-24 12:00 | AIR | Comments(0)
ティモテウスのスタジオ:OPEN STUDIOS
ティモテウス・アンガワン・クスノ [インドネシア]

何を覚えていたか忘れた

1.ティモテウス・アンガワン・クスノによるステイトメント

レジデンスプログラムの期間中、私は人々から物語、記憶、また秘められた質問を「Lost and Found and Lost and What Department (LFLW : 失くして見つけて失くしてそれからどうなる課)」を通じて集めてきました。LFLWは、私のスタジオ内に設立された架空の機関です。私はここで集めた物語に手を加え、参加可能なインスタレーションとして疑問を掲げます。LFLWはオープンスタジオ会期中にオープンしています。同じ部屋を時間帯で分けて活動展開することで、「忘れる事」、「思い出す事」に区切りをつけ、対比を浮き上がらせます。昼間にスタジオは「フォゲッティング&リメンバリングクラブ」となり、夜には「ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド カラオケクラブ」へと替わります。

昼間だけオープンしている「フォゲッティング&リメンバリングクラブ」では、スタジオで用意している材料を使って参加者自身の物語を共有することができます。そして、日が沈んでからは「ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド カラオケクラブ」となり、どなたでもご参加いただけるステージを用意しています。オープンスタジオ最終日には、この「失くして見つけて失くしてそれからどうなる課:LFLW」の「ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド カラオケクラブ」にてDJパーティーを行う予定です。

この制作は「Remembering and Forgetting as Social Institution」(1990年)について議論したジョン・ショッター(John Shotter)への応答です。一方で、この制作は過去2年間に私が取り組んできた「歴史上の架空の物語」を展開する既存の方法へ挑戦する実験でもあります。過去に私は、「架空の物語」を歴史に加えることで、語られることのない集合的な記憶を記録する実験を試みてきました。今回の滞在では、実際に語られた記憶を集める方法を優先的に行い、仮説(またはフィクションと思われるもの)を通して課題を投げかけることを試しています。


2. 飯田志保子氏によるコメント [ ゲストキュレーター 2015 / キュレーター / 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科准教授 ]
アンガワン・クスノがこのたびスタジオ内に仮設した「Lost and Found and Lost and What Department (LFLW:失くして見つけて失くしてそれからどうなる課)」は、オープンスタジオ期間中の日中だけ開設する架空の施設である。彼が守谷市民に依頼した秘密の質問状に寄せられた匿名の回答、戦争体験についての対面インタヴュー、そして戦後日本の状況や地域史に関する調査を基にしたこの施設は、クスノが滞在中に収集した個人史の集積で出来ている。彼は滞在当初から率直に、戦後から現在に至る日本社会と政治状況の変化や、大きな転換期を経た現代人の問題意識の所在といった、答えるのが難しい大きな問いを周囲に投げかけてきた。根底には、翻って自国インドネシアが抱える植民地時代の空白と戦後の近代史を日本と比較し、グローバルな文脈で相対化して考察しようとするクスノの関心が垣間見える。タイトルの《何を覚えていたか忘れた》は、私たちが「過去をすぐに忘れる」ことに由来している。だがLFLWはそれを批判するのでもジャーナリスティックに提示するのでもなく、クスノの感性と遊び心に彩られた徹頭徹尾フィクショナルな場として、語られなかった記憶を共有するために作られた。そこには歴史の隙間からフィクションを生み出すクスノのアーティスティックな手腕が発揮されている。



Special Thanks:
榎本 勝男、榎本 みよ子、現王園 セヴィン、岐阜 彫秀、堀 浩、ブリジッタ・イサベラ、加藤 希美、河合 幹貴、レギナ・ニャマン、中村 亮子、 中野 寿楼、中田 貴士、小川 紘平、大嶋 辰男、太田 エマ、田原 智美、髙橋 要、松下 ハリッグ 祥子、山野井 照顕、 山下 秀樹、Family Martの榎田さん、
そして尊敬すべき匿名ハガキの送り主の皆様


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撮影:加藤 甫
                                                                                                                                                                                                                                             
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# by arcus4moriya | 2015-11-23 12:01 | AIR | Comments(0)
Timoteus's studio:OPEN STUDIOS
Timoteus Anggawan Kusno [Indonesia]

I FORGOT WHAT I REMEMBER

1.Statement by Timoteus Anggawan Kusno
During my residency period at ARCUS Project, I have been collecting stories, memories and secret questions from the people under the "Lost and Found and Lost and What Department" (LFLW). LFLW is a temporary fictional institution which using my studio as the medium. Through this institution, I transformed the collected stories, and articulate the questions through the prototype of interactive installation, which will be happening in the studio. LFLW will be activated physically during the open studio. By using the same single space, I make the tension of forgetting and remembering by making a contrast and split them with time: during the day, the studio will be "Forgetting and Remembering Club", and when the night comes, it will be the “Lost and Found & Lost and Karaoke Club”.
Through Forgetting & Remembering Club (which only activated during the day) I invited participants to share their stories by using the mediums operated in the studio. And after the sun goes down, the Lost and Found & Lost and Karaoke Club will be opening, and invites people to show their talent on the stage. At the closing of the open studio, there will be a DJ Party at this Club.
This work is responding to John Shotter, which discussed about "Remembering and Forgetting as Social Institution" (1990). On the other hand, this work is an experiment, which challenge my existing methods on developing "fictional narratives on historical context" that I have been working on this last 2 years. At my previous works, I had been experimenting through fictions, which brought to historical context in aim to record the 'unspoken' (collective) memory. Now, in this residency, I am experimenting on the bottom-up methods on collecting (collective) memories, and raising those questions through fiction.


2. Comment by Shihoko Iida [ Guest Curator 2015 / Curator / Associate Professor, Department of InterMedia Art, Faculty of Fine Art, Tokyo University of the Arts ]
Anggawan Kusno used his studio to create the “Lost and Found and Lost and What Department”. The project is a temporary fictional institution only open in the daytime during the open studios period. The institution presents a number of personal histories accumulating through the residency, making a collection based on anonymous responses to a secret questionnaire that Kusno ask for Moriya residents, face-to-face interviews on war experiences, and research on post-war Japan and local history. Kusno approached people with big and complex questions right from the beginning of the residency. His questions, posed in a frank manner, addressed the transformation of Japanese society and political situation from the post-war era onwards, and the awareness of these issues for people with experience of radical transition periods living today. Behind Kusno‘s questions, lay an interest in comparing the emptiness of the post-colonial era and post-war modern history of his birth country Indonesia, with Japan, relativized it in a global context. The title of the whole project in this studio, I FORGOT WHAT I REMEMBER stems from Kusno’s observations that we tend to easily forget the past. Yet LFLW does not criticize or present these issues as investigative journalism, but sets out to create a space to share unspoken memories, narrating them as fiction full of sensitivity and playfulness. The work demonstrates Kusno’s artistic talent for creating fiction based on the gaps found in history.


Special Thanks:
Katsuo Enomoto, Miyoko Enomoto, Sevin Genouzono and Mother, Horihide Gifu, Hiroshi Hori, Brigitta Isabella, Kimi Kato, Motoki Kawai, Regina Njaman, Ryoko Nakamura, Jiro Nakano, Takashi Nakata, Kohei Ogawa・DJ Gori, Tatsuo Oshima, Ema Ota, Satomi Tahara, Kaname Takahashi, Teruaki Yamanoi, Hideki Yamashita, Ms.Enokida of Family Mart
... and any other respectable "Anonymous" senders of postcards.

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Photo:Hajime Kato

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# by arcus4moriya | 2015-11-23 12:00 | AIR | Comments(0)
11/22 OPEN STUDIOS クロージングパーティー / Closing party of OPEN STUDIOS
こんにちは、高倉です。
本日はオープンスタジオを締めくくるクロージングパーティーの様子をお伝えします。

Hello this is Takakura.
Today I am going to focus on closing party of OPEN STUDIOS 2015.
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最初からテンションの高い3人。レンズを向けると早速ポーズをとるアンガー。
しかしながら陽気な仕草は照れ隠し。
人前に立つ時は常に緊張してカチコチになるそうです。

All of artists were very much hight from begging.
When I saw him through lens he was sure to make pose.
However he is just pretending to be cheerful,
whenever he stand in front of people he taught me that he has tense atmosphere.
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会場を彩るお料理を担当してくれたのはお隣取手市にお店を構える
「コンフリ」の葛谷君。各国から集まったアーティストにちなんで
インドネシア、英国、南アフリカ。それぞれの国のご飯を作っていただきました。

We have asked Mr. Kuzuya (conflictable cube/art space bar) to colored the place.
He prepared all foods based on each artist's country
Indonesia, U.K., South Africa, and also Japan.
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パーティーは100日を越える滞在を経たアーティストの挨拶からはじまりました。

The party was started from greeting of artists who have spent over 100 days.
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Anggawan/アンガー
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Eduardo/エドゥアルド

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Stephanie/ステファニー

使う言葉に違いはあれど、それぞれに収穫があり守谷での生活が今後の
制作活動に影響を与えて行くことを確信しながら伝えてくれました。

Words were different, but all of them talked about their great experience
which will affect their life.
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かんぱーい!

Cheeeeers!
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日本での活動を振り返りながら、みんなの話が尽きることはありませんでした。

They all look back their days in Moriya, and they could not stop talking.
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会場が盛り上がりみんなが時間を忘れて賑わいだす頃、照明が消されました。
アーカススタジオ恒例のチーフ朝重さんを祝うサプライズ誕生会です。

While the conversation took a lively turn, the lights went off.
That was an established surprise custom of Arcus studio to
celebrate our chief Tomoshige's birthday.
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いつもきちんと驚き喜んでくれるこの瞬間は、何度迎えても快い時間です。

He shows us how he surprises as usual, precious moment.
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パーティーはまだまだ続きました。その会場をアンガーのカラオケスタジオに変えて、
「Lost and Found and Lost and What Department
(失くして見つけて失くしてそれからどうなる課)」
と名付けられた部屋の名前をまっとうすべく、スタジオに歌声が響き渡りました。

The party was not ended at that moment, we have changed the place
to Anggwan's studio for sing songs, in order to have his installation
named "Lost and Found and Lost and What Department".


写真:加藤甫
Photo: Hajime Kato



































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# by arcus4moriya | 2015-11-22 18:00 | AIR | Comments(0)
11/22 Eduardo's "つかむ、歩く、倒れる - segurando, andando, caindo"_2@OPEN STUDIOS
11月22日OPEN STUDIOS最終日、エドゥアルドの"つかむ、歩く、倒れる - segurando, andando, caindo"パフォーマンスまでの一日。
続きます。(前編はこちら。)
The Last day of OPEN STUDIOS. Its the time to start of Eduardo's Performance, "segurando, andando, caindo".

さて、本番です。予定時刻より遅くなってしまいましたが、それだけ入念に3組のパフォーマンスが直前まで身振り手振りで順番や表現内容を限られた時間の中で打ち合わせて、緩やかにスタート。
Finally the time for performance came. It took longer time for preparing for the performance than we expected, but they could take time to think deeply how they would perform.
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最初に、これまで個々で、または2人組で作っていた小さなバナーより格段に大きい、5色の西ノ内和紙が黒板に掲示されています。その中から各組ごとに4色選びます。終始一貫したルールがあり、「言葉を発しないこと」でした。黙々と、それぞれに自分たちのイメージするやり方で、和紙にはさみを入れ、形作っていきます。好きな形を恊働で決定し、身振り手振りで指示を出し合い、一枚一枚重ね合わせながらバナーをつくることから始まりました。
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Firstly, each pair selected four pieces of big Nishi-no-uchi Japanese paper from five different colors that put on the black board. They had to follow the rule 'do not speak'. They concentrated on cutting the paper to visualize the form of their imaginations. They told their opinions each other with body language, stuck four pieces of paper and created banners.
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その後、できた組から、お互いの日常の動きを始めました。
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「あなたの生活・人生に深く関係するひとつの動き」というものは、同じ世代の生徒たちにとっては、彼らが解釈する日常の当たり前の動きでもあり、一方では内面から表出した仕草や習慣、培ってきた動きともとらえられます。他者にとってはみたこともしたこともない動きかもしれません。(私の想像するところ)、美術を学ぶ高校生の一人には、パネルに和紙を貼り、ドーサで日本画の画面をしつらえる動き。のようにも見えました。一方では鏡の前で、メイクをする日常の動き。じっと動かずにしゃがみこんで考え込む仕草の一方で、次々に運ばれてきているように見える箱か何かの封を開けて、組み立ててまた隣に移動させるような一連の動作、寝ていて起きるとすぐに眼鏡を探す動作を見せる生徒の一方で、大きく指を指して何かを指摘する動き、など。
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As soon as they finished their first performance, each pair started showing us their movement of daily life.
'One meaningful movement that deeply connect to your life' can be common habitat you do every single day or it can be personal movement you have learned from your life. For me, one of the movement that art major student did looked like she put Japanese paper on the board and draw on it, while her pair student were like sitting in front of mirror and wearing makeup. The other student sat without moving as if she was thinking something, while another student carried a kind of box, opened it and moved it away. This student woke up and looked for her glasses, while her partner ordered something with his finger.
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それぞれの個々の動きが、各組で再構成され、混ざり合った動きになったり、順序よく交互に動きを見せる組など、様々な動きが同時に、そして静かに、繰り返されます。
Each movement was combined, reconstructed, mixed, and they silently showed us various movement at the same time and repeated.
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このとき周りで観ている人たちは、どんな意味なのか考えていたことだろうと思います。人生もしくは生活に深く関係する動きは、その人の内面から出てくるしぐさ、であることは誰も知らずに。単純な動きでも、その人が表出する動きは、本人には意味のあることかもしれないし、意味もなくやっている日常の癖なのかもしれません。時折、照れたり、午前中のワークショップより緊張の面持ちで6人は自分たちでディレクションしたパフォーマンスに集中していました。
その動きを読み解くこともままならぬうちに次々と異なる3組の動きが続くと、感覚を研ぎすましてスタジオじゅうのオーディエンスが注視している緊張感が漂っていました。その感覚の差異も、プロセスをみてきた私にとっては、興味深い「一体感」と心地よい意味での「距離感」を感じました。このお互いの相手でさえ、数時間までは言葉を交わさずにその動きを真似て、相手の動きを理解することに集中していたからです。エドゥアルドの説明はごくわずかに限られ、彼らに委ねられていた、という緊張感もあります。
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I guess the audience considered the meaning of the movements. Nobody knew that the movement strongly connected to life came from his/her inside. The simple movement you do can be meaningful for you, or it can be just your habit in daily life. Sometimes performers looked they were nervous, but they really focused on the performance they directed.
The audience also concentrated trying to read their different movements. It was interesting for me to feel a sense of unity and a sense of distance at the same time. In the performance, the audience tried to understand performers, but few hours before, the performers tried hard to copy and understand the meaning of their movement. This might be because Eduardo did not explain much about his art project.
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各グループには段取りというものは課されていなかったので、一通りの動きをしたあと、自由に次の動きへ移ります。
会話せずにバナーを創り、動きを表現し、最後に言葉・文章を各グループごとに発表します。初めて声が発されます。口にする言葉は「生活・人生に関連する、意味をなす一言」というお題のもと、彼らが選んできた文章が含まれています。その一節を交互に声にする者、再構成して一つの文にする者、詩のように詠み上げたり、これまでの動きも同時に合わせる者など、様々です。
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Because Eduardo asked the students to set the time table for their performance as well, they moved onto another performance whenever they thought it was the time.
First, they made banner with body language, then they expressed their movements, and they finally spoke by presenting the words and sentences. What they spoke included their meaningful words that represented their lives. The way they spoke was different depends on the pair. For instance, this pair spoke word by word by turn, the other pair combined the sentences into one, and the last pair edited their sentences like poem and spoke with movement.
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最後まで丹念にバナーを作り続けていた組は、バナーを黒板に掲示し終え、お互いの言葉を発します。その頃には、他の2組も、鑑賞者の一部に変化していました。
When the last pair finished to making their banner and started speaking out, the other two pairs finished their performance so they were a part of audience.
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「私は肉が好き。でも肉は私を好きじゃない。」
"I like meat. But meat does not like me."

「Words. Don't blame them because...you don't know the real meaning of it....Don't blame yourself. Because you don't know how to manage to talking the right words.」

互いの言葉が「自分の使う言葉」で述べられた後、英語と日本語でその意味を互いに訳しあい、互いの言語で呼応します。更に2人で組み合わせ意味の混ざり合った文が2人の声で発せられました。
They spoke their original sentences with their languages, they translated the meaning into English and Japanese, and they combined the meaning of their sentences and read it in both languages together.
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「I like the meaning of meat, Don't blame them, the meat. Because you don't know how to eat it. Using the right meat. Because pork chop meat, it will make you a sick.」
「わたしは肉の意味が好き。肉を非難するな。なぜなら、あなたはどのように肉を食べるのか、わからないから..正しい肉を使え。なぜなら、豚肉は、あなたを病気にさせるから」

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そのとき、文章の意味は最初の彼らそれぞれにとって意味を成す一節として出されたものとは文脈の意味を成すものではなく、2人の言葉によって紡ぎだされた言葉であり、新しい文章でした。
全て、彼ら自身が考え即興でオーディエンスの前で初めて演じたパフォーマンスです。その、終わり方も、しかり。
They created new sentences with their different languages.
They considered by themselves and winged it as performance in front of the audience.
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ふと、私はこれまでエスコーラ・オプションへに行くたびに街の中で流れる防災放送のこだまのような響きを思い出しました。例えば、日系ブラジル人社会の中で日本語を理解できる人がどれだけいただろう。わからないとき、どんな風に聞こえているのだろう。言語を使わずその社会で生きるとき、人はどうやって相手を理解しようとするのだろう。と、パフォーマンスを全て見終わったあとにフラッシュバックのようによみがえりました。
Their performance reminded me the sound of emergency disaster radio communication network I heard on the way to go to Escola Opçao. I wonder how many people can speak Japanese in Brazilian Japanese community in Joso city. How does it sound like if you do not understand Japanese? How is like to live in a society without the skill of major language, and how can you communicate with people who have different mother tongue? I could not help but think and remember the time we spent with Brazilian Japanese people.

それぞれ育った環境で培われてきた動きや仕草、そして使う言語の強さ、発音の抑揚の与える印象、伝えることの大切さと、時として無用さ、言葉のもつ意味を超えた共同言語をつくり出すことによって、エドゥアルドが試したかった「新しい文化の創られ方」の一端が垣間見えたでしょうか。
How did you think about Eduardo's experiment of combining movements, words, pronunciations and creating common language in order to seek 'how to create new culture'?
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発言する人に対する聴衆の反応は、初めてそこで発せられる言葉の意味を知る事ができます。しかし文がうまく発言できずにたどたどしくコミュニケーションすることさえも、声色さえも聴衆に緊張感や笑みをもたらし、目の前にいる彼らの動きを理解しようとする空気の中で、まるでここでこの瞬間にしか出会えない世界を表しているようにも見えました。
For the audiences, it should be the first time to hear new language made by performers. At some points of the performance, I saw the students were in awkward moment when they could not fully communicate or their voice were trembled to pronounce unfamiliar language, but the audience were enough tolerant to wait and try hearing. I was grateful to share those precious moments.

その様子がわかる動画を、エドゥアルド自身のHP上で紹介しています。
You can access the video of the performance from Eduardo's official website.
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パフォーマンスを終えた彼らは、いつしか仲の良い同士になっていました。
取手松陽高校の皆さん、エスコーラ・オプションの皆さん、素晴らしい体験をありがとうございました。
After the performance, the students with different background got along well.
Thank you very much for your cooperation, especially for Toride-shoyo high school and Escola Opçao.
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ビバ!ブラジル! Viva! Brazil!
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写真:加藤 甫
Photo: Hajime Kato
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# by arcus4moriya | 2015-11-22 11:19 | AIR | Comments(0)
11/22 Eduardo's "つかむ、歩く、倒れる - segurando, andando, caindo"_1@OPEN STUDIOS
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こんにちは。遅ればせながら、石井です。オープンスタジオの最終日を迎えました。エドゥアルドのワークショップに参加したエスコーラ・オプションの学生と取手松陽の高校生が、この日初めて一同に会しました。
I am sorry to be late to post this article about Eduardo's Performance. The last day of OPEN STUDIOS came. The students from Escola Opçao and Toride-shoyo who had participated in his workshop met for the first time.
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なぜなら!本日は彼らのパフォーマンスがあるからです。エドゥアルドのスタジオを見学し、自分たちがどのように関わったのかを興味深く見てからの.....。
They had meeting in ARCUS Studio at very early time on this day because! They had performance. Firstly, they visited Eduardo's Studio, and they seemed impressed to see they were part of his artwork-process.
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最後のワークショップを午前中に実施しました。
2時からのパフォーマンスとしてお披露目する前に、初対面の学生達の様子は限られた人の間でしか知る事ができなかったので、そのときの様子を。
Then they participated in the last workshop in the morning.
I would like to describe the workshop in detailed because only few people were allowed to see the process they created their performance before they showed it in public at 2pm.
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取手松陽の高校生と、エスコーラ・オプションの中高生はそれぞれ3名、今日の本番に向けて集まりました。何をするかはもちろん、知る由もなく。ただ、事前に6人に宿題が出ていました。それは、

・2,3行の文章を書いてもってきてください。
・あなたの生活・人生に関連する、意味をなす一言を考えてきて下さい(ワークショップでやった時のように)
・あなたの生活・人生に深く関係するひとつの動きを考えてきて下さい(とても短い動きで結構です)


というもの。
これまで数回のワークショップで体験した言葉の選び方や発し方、身体の動きやバナーで自分を表す表現は、個々人と、同じ学校の顔見知りの仲間同士で作り上げたプロセスでした。故に、これまでのワークショップで個々に表現していたことを、会ったことのない相手と一緒に作り上げる最後の過程であることは、私にも理解できていました。リハーサルとなる前の、ウォーミングアップで初めて6人が最後に作り上げるプロセスが始まります。
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Six students from both Escola Opçao and Toride-shoyo got together for the performance. They actually did not know what they would do in the performance, but they had assignments from Eduardo beforehand. It was like,
-Bring one text that you have written (short 2-3 sentences)
-One word that you say filled with meaning connected to your life (like in our workshop).
-One movement that is deeply connected to your life. (short simple movement).

They had already experienced joining his workshop to select word, speak out, express themselves by their physical movements and banners, but they did it by alone or with their classmates at the time. However, this time, they were asked to express themselves with unknown students from different school. Before rehearsal, they got started with warm-up exercises.
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身体を温めるようにストレッチをし、声を出し続けたり、発した声をできるだけ他の皆とつながるように発声したり、音程をそろえたり。エドゥアルドの指示のもと、6人が少しずつ、距離を縮めていきました。
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They did stretching, kept calling for a while, made harmony by their voices and so on. They seemed like they were getting along little by little in the process of the exercises.
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そしてランダムに組んだ各校一人ずつの2人組で、それぞれが前回・前々回に表現した「日常の動作」を相手に見せていきます。
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They made three pairs, and each pair included students from different school. And then, each student showed their 'movement of daily life' to his/her partner.
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相手の日常がどのように体現されるのか、言葉なしにジェスチャーのみで交互に表現されていきます。おそらくお互いに日常使う言葉が違うので、会話による相談も成立しない、ということもあります。しかし、同じ世代の2人は、見よう見まね、そして顔の表情で相手に伝えていたようです。
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その交互に見せあった一通りの日常の動きを、言葉を使わない2人組によって、再構成するよう指示がでます。順番や、回数や、アレンジ構成を2人組で決めていくのです。
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They expressed their daily lives without word but only with body language. They had different mother tongue, so I guess it was difficult for them to talk anyway. They communicated with each other with facial expression somehow.
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Eduardo asked them to combine their movements of daily life without saying anything. They recreated order and composition of the movements together.
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その光景は、言葉で言い表せないほど美しかったです。言語や住む世界、宗教の違い、外見の違いなどいろいろあっても、そして同じ国にいて国籍が同じでも、時として解さない言語を排除しても、伝え合おうとするそれぞれの態度は、同じ世代というくくりや、エドゥアルドという一人のアーティストを中心に経験を共有してきた者同士のくくりという共通項をも超えた、目と手で会話しあっている「人 対 人」の動きでした。相手の伝えようとしていることがわからないとき、人はしぐさで必死に伝えようとします。その細やかな「伝える方法」を6人はそれぞれに構築しあっていました。
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Any word cannot express how I was moved by them at the time, it was truly beautiful. They transgressed their different backgrounds of language, environment, religion, appearance, etc., and they shared their common points like the same nationality, settled area, the experience to participated in Eduardo's workshop. They made conversation with their eyes and hands, and they were equal as "person to person". When you do not understand what other people want to tell you with language, it is inevitable to use movement. They explored and invented their original way for communication.
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さぁ、本番まで間もなくです!
続く。
OK, rehearsal is (almost?)done.
Continue...!


写真:加藤甫
(※写真2,5,13,14,15枚目を除く)

Photo: Hajime Kato
(※Except; number 2nd,5th,13th,14th, and 15th photo)
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# by arcus4moriya | 2015-11-22 10:16 | AIR | Comments(0)
11/14・21キッズツアー@OPEN STUDIOS / Guided Tour for Kids
皆さん、どうもこんにちは。藤本です。
Hello everyone, Yumiko is writing.
この度のOPEN STUDIOSは、平日も含む8日間の開催だったので、会期中11/14(土)、21(土)にキッズツアーを実施しました。対象は、小・中学生と幅広いですが、今年は参加者により深い鑑賞体験を提供するべく!ツアーを小学生向け・中学生向けにわけて実施しました。
We organized Guided tour for kids twice on 14th and 21st of November during OPEN STUDIOS. The ages of participants had diversity from primary school students to secondary school students, and we separated them into two groups depends on their ages, so that they could involve more with their unique way to think.
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鑑賞のヒントとしてワークシートを使いながら、各アーティストのスタジオを巡ります。
We visited each artists' rooms with this learning material to make the points clear to encourage participants' understanding.
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エドゥアルド[南アフリカ]のスタジオではまず短い活動紹介の後に、鑑賞タイムです。
We got started from introducing Eduardo (from South Africa) to kids briefly.
とりわけ、彼がエスコーラ・オプション(常総市のブラジル人学校)と茨城県立取手松陽高等学校の学生に向けて実施したワークショップのドキュメントを含む映像は、時間をかけて全編を鑑賞しました。10分弱のものですが、子どもたちにとってはなかなか長い時間です。
We watched his documentary about his workshops held in Escola Opçao (the school for Brazilian Japanese students located in Joso city) and in Toride-Shoyo upper secondary school. It took less than ten minutes to watch whole film, which was fairly long time for children to keep concentrating on it.
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その後、映像に関するフィードバックは一旦おいて、このような質問を投げかけます。
「明日、君は親の仕事でブラジルに引っ越すことになりました。
想像してみよう。」
「1番目に思いつく楽しみなことはなんだろう?」
「1番目に思いつくこわいことはなんだろう?」ワークシートに書き込みます。
The documentary was over, then we asked some questions to children like
"Just imagine you are going to move to Brazil tomorrow because of your father's job."
"What is the most exciting thing comes up to your mind?"
"How about the scariest thing to move to Brazil?" Then we let children write their answers on the worksheet.
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子どもたちから返ってきた答えは様々です。
・楽しみなことは…
食べ物、
民族衣装、
新しい友達ができること、
新しい遊び、など。
・こわいことは…
新しい友達ができるかどうか心配、
新しい家にクモの巣がないかどうか、
眠る時にこわくなる、
これまでの友達と離ればなれになること…など
という具体的な内容。
興味深かったのは、小学生のチームからは「言語が通じない」ことに関する不安がまったく出てこなかったことです。彼らの想像力に具体性が伴っていないのか、はたまたコミュニケーションの構築を言語にそれほど頼っていないということなのか…

The answers were very varied.
-The most exciting things were..
food, traditional cloth, making new friends, new way to play with friends, etc.
-The scariest things were..
Failing make new friends, nest of spider in a new house, terrifying to fall sleep in a new place, getting separated from Japanese friends, etc. They gave us specific answers.
It was interesting that primary school students did not reach to this answer "the fear of nonverbal communication". Their imaginary worlds might be far apart from reality or they might not rely on language for communication..
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その後は、エドゥアルドが守谷で実施してきたことを説明しながら、言語外でコミュニケーションを成立させるための実験…もしくはこう言い換えられるかもしれません。「母国語が違う相手と、言葉以外のいくつかの方法を用いて仲良くなるための実験」。今後、誰の身にも起こりうる環境の変化や困難な状況を、美しく本質的な方法で乗り越えていけるかもしれない、方法。
After that, I explained what Eduardo did during his stay, particularly about the experiment to communicate outside world of language; "the nonverbal experiment to get along with someone who speaks different mother tongue". The beautiful and radical way essentially to go over universal tough situation as change of environment.
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続いては、ステファニー[英国]のスタジオです。ステファニーは日本人になるということに挑戦しました。ここでは、まずスタジオを自由に見学してから、短いワークショップを体験します。
Next, we visited Stephanie (from England). She had tried to be Japanese during the period . We let kids see around the studio as they wanted, and we held a short workshop.
皆で輪になってぐるぐる歩きます。そして自分の1番親しい友人のことを思い浮かべます。家族でもかまいません。とにかく自分にとって親密な相手のことをよーく思い出します。その間、ずっと歩みは止めません。そして、ステファニーから突然このような合図があります。「はい!それでは、ここからは自分の歩き方をやめて、思い浮かべている人の歩き方をできる限り真似して、再現してください。しかも、その子の気持ちを想像しながら。」
We walked around making a circle. And we suggested them to remember their best friend or family member. The important thing was to focus on imagining details of someone who was close to them while they kept walking. Suddenly, Steph called out "Alright! Then, we are going to stop walking in the way you usually walk, but let's start copying the way your best friend walks. Take a walk just as your friend while imagining her/his feeling".
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中学生のチームニは、自分の目の前にいる人を真似するというさらに直接的な指示でした。
For the secondary students team, she told them to copy the way of the person walked in front of her/him.
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これは、なかなかに難しい。どういう特徴があったか発表してもらいました。例えば「○○ちゃんは、いつもたくさんのお友達と一緒に歩いているから、いっつも横を向いて歩いている。前を見ずに友達の方を見てる。」というものや、一緒に参加していた親御さんが「娘を想像しながら挑戦したけど、難しかった…」など。
This seemed difficult for them. We asked them how their best friends walked usually. For instance, this student replied, "a friend of mine always looks at the side of friends of her because she walks with lots of friends all the time. She does not look forward, but look beside for friends." This mother said, "I tried to imagine my daughter, and it was hard for me.."
結局、いくら親密な相手でも他者の行動を再現するのは難しいし、気持ちを想像することや寄り添うことはさらに難しい、という結果に。
As a conclusion, it was difficult to copy other's behaviors regardless how intimate relationship they were in, and it was even more difficult to imagine other's feelings and be someone's side.
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それを踏まえて、映像×3台のモニターを改めて鑑賞。ここに映し出されているのは、ベンチに座る女性3人と、その格好や表情、仕草などを模倣するステファニー。まさにステファニーが3人の協力者(この場合、守谷市出身、もしくは在住の同世代の女性たち)の行動を模倣するところから、彼女らの心境を想像し、寄り添う行為の記録です。そして、3台のモニターと一緒に置かれているのは各2枚の紙。一方は「協力者の女性がそれぞれがベンチに座りながら考えていたこと」が書かれた紙、もう一方は「ステファニーが彼女たちの心境を想像し、さらには“彼女たちとして”書いた文章」の紙。
We watched her film on three monitors again. In the film, we could see three women sat on bench, and Stephanie tried to copy each of the fashion style, facial expression and movement. This was the documentary to record Steph imagined three participants' feelings and thoughts by copying their behavior (in this case, all were the women from Moriya city, and they were in the same generation with Steph). And there were two pieces of paper in front of each monitor. One was about "what the woman was thinking while she sat on the bench", and on the another paper, Steph described what the woman was supposed to think and wrote it down as "the woman".
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子どもたちと一緒に両方を読んでみます。それらには大きなギャップがあり、その実験においてステファニーが直面した困難自体も表現されています。
逆にステファニーの動きを鑑賞者が模倣するための装置もあり、希望者は体験することができます。
We read both of the paper with children. The contents were actually different, we could get she faced the difficulty in the social experiment.
Through her work process, the participants could experience Stephanie's movement.You can see the photos below.
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我々は、自分と他者を隔てるものをどれだけ飛び越えることができるのでしょうか。もし難しくてもできるとしたならば、それはどんな方法なのでしょうか。彼女のあらゆる実験はその可能性を探るものだったのだと思います。
Is it possible for us to be over the border between you and someone else? If so, how can we make it possible? I think the purpose of her various experiments were to look for the personal space and the way to integrate the spaces somehow.


最後はアンガー[インドネシア]のスタジオです。ここは、架空のインスティテューション「Lost and Found and Lost and What Department (LFLW : 失くして見つけて失くしてそれからどうなる課)」です。室内には、実にたくさんのものがあります。何かのメモのような文章からドローイング、写真、写真のコピー、ビデオモニターなどなど。これらは彼が滞在中に人々から集めたあらゆる物語、記憶、また秘められた質問などです。そこからインスパイアされたドローイングもあります。

ここでは、自分の一番気になるピースを見つけることを目標に鑑賞です。やはり1つを選ぶのは難しいようで、子どもたちはかなりの時間をかけて鑑賞することに。
次に、見つけたものをさらによく観察して、それを基に自分で新しい物語を作成します。文章で表現できない場合はドローイングでももちろん良いです。

The last artist we introduced to kids was Angga (from Indonesia). His studio was a temporary fictional institution, "Lost and Found and Lost and What Department". In his studio, we could see so many stuff as random note, drawings, photos, copies of photo, monitors and so on. These were stories, memories and secret questions that he had collected during his stay in ARCUS Project. We also could find the drawings inspired by these histories.
We kindly asked children to find their favorite thing in the studio. It took long time for them to see all and choose only one thing.
Next, we let them observe carefully what they found, and make a new story from it. Not only with the words, but also expressing with drawing was of course fine.
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全てのピースは、誰かの経験した、もしくは見聞きしたであろう状況が散りばめられたメモ、文章、ドローイングで、そこからあらゆるヒントを探し出し、想像力も総動員させながら、“自分が”見聞きした物語として再生させるのです。ここでも、皆たっぷりと時間をかけて考えこんでいました。
All notes, words and drawings included personal experiences. The participants were looking for hints to recreate new story imaging as if they were main character of story. Again, it took a long time to think deeply.
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その状況を笑顔で眺め、予想をはるかに超える子どもたちの集中力に驚きながら嬉しそうにしているアンガーです。
Angga looked like he was surprised and pleasured at the same time to see them concentrate on thinking so hard.
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ここでは、人々に忘れ去られた記憶や、語られることのなかった物語を掬い取る行為によって、一方向的な歴史の形成やそれが人々に与える影響について疑問を投げかけています。
He questioned the oppressed process to form history and the affection to people by taking forgettable memory and nonverbal story by force.


時間をオーバーしてしましましたが、アーティストにとっても参加者の子どもたちにとっても有意義な体験となったことを願います。
This kids tour took much longer time than we expected. I hope this event was brilliant for both artists and children.


写真:加藤甫
(※3,6,8,9,14枚目を除く)
Photo: Hajime Kato
(Except 3rd, 6th, 8th, 9th and 14th photos)
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# by arcus4moriya | 2015-11-21 16:33 | AIR | Comments(0)
11/18 Artist Talks with Shihoko Iida
Hello, Yumiko is writing.
On 18th of November, the 4th day of OPEN STUDIOS, we had Artist Talks.
We invited our guest curator, Shihoko Iida and our three resident artists to have conversation in each studio.

I would like to quote introductions of their projects as follows.
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Stephanie Bickford-Smith [UK]
“Perhaps I speak look feel Japanese”

In My practice speculates how my persona may have been different had I been born and raised in Moriya rather than Britain. Through an imagined projection of my Japanese self, I hope to explore how one can enter an emotional connection with peers from different national backgrounds.

By collecting research through primary interactions and observations with the community, I have begun to build an emotional understanding of my peers here in Moriya. Through comparing this image with my experiences from home, I am starting to imagine what my Japanese self could be. I have developed creative exercises using writing, movement, sound and performance to help myself and others imagine alternative personas.

In a world of mass migration, my work aims to explore and challenge the psychological borders that national identity maintains.

As part of my work, I will perform recitals of the poem, ‘Ode to Clothes’ by Pablo Neruda.
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Stephanie invited us to take part in simple workshop. It is the method for letting audience to follow the process of her project. We listened to the recorded sound of someone's morning routine, and then we imagined their living in another part of the world, and tried to replace ourselves with them.
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I thought it was very interesting to see how much audience could assimilate them into other person. Trying to be a Japanese that she did here in Moriya, it should be a metaphor of it.
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After that, she introduced us her documentary video. The concept is the same with the workshop we had just finished, but in this film she copied individuals' appearances, behaviors and small movements. On each of three monitors, we could see different women in their twenties who live in Moriya city sitting on the bench and Stephanie copying them seriously.
If movement comes from mind or social backgrounds, copying movement to assimilate into others might works as an experiment.


Ms. Iida asked a question about a practical attitude.
How does Stephanie feel if she stops to keep attention to a target person, might return to be British mind?
Stephanie answered she can get reading people’s feeling and emotion with using a way that finding her similar feelings to get close them, not just copying when you do it. If you can reach that state, nationality goes away from feeling, and becomes much vague to think the self, not others. The attitude was not trying to become others, but find a way, like sitting along side with others through trying to understand them.
She said that she was interested in what is the meaning of trying to challenge national identity, and if there is space you can get lost within when you adapt to behaving into new culture.
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If we can achieve this moment to come across the wall between us and others, what would it bring to us? I believe that attempt is undoubtedly meaningful in this contemporary multi-cultural society where people with various backgrounds coexist in one society.
I reconsidered our peace and calm lives are reliant on vigorous imagination and consideration for others.





Then, we moved on to Eduardo's studio.
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Eduardo Cachucho [South Africa]
“segurando, andando, caindo -holding, walking, falling”

A series of workshops have been undertaken with two groups of high school students from Ibaraki prefecture. Brazilian-Japanese students from the Escola Opção in Joso City and a group of Japanese students from the Toride Shoyo in Toride City were invited to take part in workshops that question culture, language and the body in everyday life.

Kept in mind during these interactions is the relationship between Brazil and Japan on a political and social level, now over one century long. With the Japanese population in Brazil at some 1.5 million and the Japanese-Brazilian population in Japan at around 200,000. The relationship between this community and Japan offers an important link to people who identify as both Japanese and Brazilian.

Visible in the installation are outcomes from these workshops including banners created by each student and video documentation of the workshop process. A performance by selected students from each school will be held on the closing day of the open studio 22 November 2015.
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First, he gave us information about a quite complicated colonial history of South Africa (South Africa was first discovered by Portuguese people and after that, was colonized by Dutch and then by British), and his curiousness to identity might be from his background. He was born in Portugal from Portuguese parents, and moved to South Africa as an immigrant.
You can find the relation of his background and concern.
Also he studied architecture before he got shift to art because of possibility to express freer.


Eduardo showed us his performance after his talk.
The title was 'Viva Brazil'. It was short performance as five minutes.
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The space was full with tense atmosphere, I felt his studio became totally different place.
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The performance was strong and stunning, which caught audience's eyes and hearts.
One of the reasons why his performance was so fascinating is because it was skillful as performing art, as tone and stress of his voice and his well-organized movement.
And he emerged as a hollow container transcending the boundary of individual, and slowly, he repeated polysemous phrase in familiar melody. That moment could awake audience's past memories, and project them on his words.

But in the latter half of the performance, artist started shifting his shrewd eyes onto the audience. Also, his call 'Viva' or 'Brazil' with his speaking up awaked the audience from past and encouraged them to look at and imagine about specific social issue.
Here, you can see a part of this performance. (01:08min of 05:00min)




We visited Angga's studio at the end.
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Timoteus Anggawan Kusno [Indonesia]
“I FORGOT WHAT I REMEMBER”

During my residency period at ARCUS Project, I have been collecting stories, memories and secret questions from the people under the "Lost and Found and Lost and What Department" (LFLW). LFLW is a temporary fictional institution which using my studio as the medium. Through this institution, I transformed the collected stories, and articulate the questions through the prototype of interactive installation, which will be happening in the studio. LFLW will be activated physically during the open studio. By using the same single space, I make the tension of forgetting and remembering by making a contrast and split them with time: during the day, the studio will be "Forgetting and Remembering Club", and when the night comes, it will be the “Lost and Found & Lost and Karaoke Club”.

Through Forgetting & Remembering Club (which only activated during the day) I invited participants to share their stories by using the mediums operated in the studio. And after the sun goes down, the Lost and Found & Lost and Karaoke Club will be opening, and invites people to show their talent on the stage. At the closing of the open studio, there will be a DJ Party at this Club.

This work is responding to John Shotter, which discussed about "Remembering and Forgetting as Social Institution" (1990). On the other hand, this work is an experiment, which challenge my existing methods on developing "fictional narratives on historical context" that I have been working on this last 2 years. At my previous works, I had been experimenting through fictions, which brought to historical context in aim to record the 'unspoken' (collective) memory. Now, in this residency, I am experimenting on the bottom-up methods on collecting (collective) memories, and raising those questions through fiction.
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He started with the Indonesian history that was re-written and justified by the Haji Muhammad Soeharto Administration. Still nowadays, that kind of distorted history is accessible at textbooks. You can call this history as "fiction" produced by the nation as an extreme expression, however, Angga told us that Indonesian young artists were not that interested in reconsidering the history or searching for the truth so much. As the minority in art world, he has be inspired not from other artists but from activists in his country.
What he wants to do with art is not just blaming the evil fellows (like politicians or government), but he strongly believes that we can avoid repeating the same mistake we did in our past by getting know the truth of history and judging it objectively.
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Depending on the time, his project can be divided into two parts; day and night, and the talk was in the night part, “LOST AND FOUND AND LOST AND Karaoke club”. Usually it was the time for karaoke, but today it seemed he would start karaoke after this talk.

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As he mentioned above, in his fictional institution, you can see enormous collection of stories, memories or hidden questions that Angga collected from the people living around Moriya city. They have wide range of the ways of expression as text, documentary video of interview, photo, drawing and so on. The contents are also various, and some of them include war experiences and sad memories, hence the audience are encouraged to see those collections seriously and sincerely. This collection is apparently others' memories, at the same time, they can be our history. We can not help but project their stories on a part of our memories. The piece of artwork suggests audience to take part in the process looking at memories from different side, which fascinates them even more.

After the sun set, the night part starts. Everyone is welcome to stand on the stage and enjoy karaoke in his studio. The way they immerse themselves in singing as if they try to forget everything probably looks like optimistic, especially compared with the severe atmosphere in the daytime. That contrast is one of the aim Angga tried to show. This skillful method reminds us not to forget our mistakes and memories, and to feel our stupidity and great affection that we cannot help forgetting in our lives.
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He has keen awareness of social problem (especially about history and politics), and expresses it in humorous way. I think it is absolutely one of the Angga's marvelous characters as an artist. We may be able to invest something new through seeking past memories deliberately.
This point of view to seek how individual's experience can influence to form history was also interesting.                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
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# by arcus4moriya | 2015-11-18 15:01 | AIR | Comments(0)
11/18 アーティストトーク×飯田志保子
皆さん、どうもこんにちは。藤本です。
OPEN STUDIOS4日目の11月18日(水)、本日はアーティストトークの日。
ゲストキュレーターの飯田志保子氏と3人の招聘アーティストが、各自のスタジオで対談しました。

以下、アーティスト自身が語る活動紹介を記載致します。
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ステファニー・ビックフォード=スミス[英国]
「たぶん、私は日本語を話す日本人に見える、日本人として感じた」

英国ではなく、守谷で生まれ育ったとした場合、私の人格はどれほど異なったのだろうか。私自身が日本人であると想像することから、どのように1人の人間が、異なる国籍をもつ仲間と感情のつながりを持てるのか探求しています。
コミュニティに介入し、観察することで、守谷での仲間の感情を理解し始めました。この感情と私自身の守谷での体験を比較しながら、日本人としての私はどうであるかを想像し始めました。書くこと、うごき、音、パフォーマンスを通して、私自身と他者が、それぞれ別人格をイメージすることが可能となる創造的な演習を行いました。
大規模な移民社会のなかで、国籍を維持する心理的な境界に挑戦し探求しようとしています。

制作の一部として、パブロ・ナルーダによる「衣服への歌」を独唱します。
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ステファニーは、まず簡単なワークショップから始めました。彼女の活動の一端を観客にも追体験してもらおうという狙いがあります。ある国に住むある人の朝の生活音を録音してそれを聞きながら、その人物を想像することと、その人物にどれだけ自分を置き換えることができるかというワークショップ です。
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皆さんが、どのように、どれくらい他者に同化することができたのか大変興味深いです。
彼女は、ここで日本人になることに挑戦しました。それは、一体どういうことだったのか…。
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次に、映像をみながら話します。最初に行ったワークショップと、コンセプト自体は同じですが、この映像の場合はステファニー本人がある特定の人の姿や振る 舞い、細かな仕草を身体的にコピーするという方法をとっています。このスタジオにある3つのモニターに映し出されているのは、いずれも守谷市在住、または 出身の同世代の女性と、彼女らを本気で模倣するアーティスト本人です。
体の動きが精神性をからくるものだとしたら、動きのコピーから同化を試みるということは実践としては面白い結果を生むかもしれません。

飯田さんからの質問で、動きを真似する相手に注意を向けていない時は、イギリス人に戻ってしまうのか、というものがありました。
それに対しては、動きを真似ると言う事だけではなく、感情も読み取る行為を重ねることで、自分自身の中の似たような感情を重ねあわせられる。そうすると、 日本人・イギリス人という境界が自然に曖昧になっていき、人種を超えたそれぞれの自己を見つめることができる。他者になろうとするのではなく、横に寄り添って理解するという行為。
国籍に挑戦したい。自分の持っている国籍以外の状況に自分を無理矢理あてはめることで、出現するブレに興味がある。精神的な国境を揺るがすことにチャレンジしたい。というのがステファニーの答えでした。
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他者と自己の壁を少しでも超えられる瞬間があったとしたら、それは一体私たちに何をもたらすのでしょうか。多様な背景を持った人々が混じり合い、共存するこの世の中でそういった行為が無駄ではないことは明らかです。
私たちの平穏な生活が、実は人々のはかり知れない想像力、他者を思う気持ちによって、ようやく成立していることを改めて知らされます。




続いて、エドゥアルドのスタジオへ
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エドゥアルド・カシューシュ[南アフリカ]
「segurando, andando, caindo - つかむ、歩く、倒れる」

segurando, andando, caindo - つかむ、歩く、倒れる は茨城の中高生2つのグループを対象に行ったワークショップのシリーズです。常総市にあるエスコーラ・オプションの日系ブラジル人中高生、また取手市の取手松陽高等学校の日本人高校生に参加してもらい、文化、言語、日常生活での身体の動きについて問いかけました。
このワークショップを実施するにあたり、私は1世紀以上にも及ぶブラジルと日本の政治的、社会的関係性を念頭に置き続けてきました。ブラジルにはおよそ1500万人の日系人が住んでおり、日本には約20万人の日系ブラジル人が住んでいます。このコミュニティと日本との関係性は、日本人でもありブラジル人でもあると自覚する人々にとって、重要なつながりとなっています。
複数回にわたって実施したワークショップからそれぞれの生徒が制作したのぼりや、そのワークショップのプロセスの様子を記録した映像で構成されたインスタレーションで成果を可視化しました。また22日の最終日には、それぞれの学校から選出した生徒たちによるパフォーマンスを行います。
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まずは、南アフリカの複雑な植民地としての歴史についての話。(南アフリカはまずポルトガル人によって発見され、その後、オランダによって、さらにその後イギリス人によって植民地化された。)ポルトガルに生まれて南アフリカに移住した自分自身のアイデンティティの有り様(エドゥアルドの両親はポルトガル人)や、建築を専攻していたというバックグラウンドから美術へ移行した理由などにも触れつつ今回のプロジェクトについて説明。

本人の希望で、トーク後に自身のパフォーマンスを披露しました。
タイトルは「ビバ !ブラジル」。5分間の短いパフォーマンスです。
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緊張感が空間を満たし、普段のスタジオとは全く別の場所のようです。
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力強く、大変美しいパフォーマンスに、目も心も奪われます。
その理由はいくつか考えられますが、まずひとつにはパフォーマンスとしての巧みさ、例えば声の表情、強弱、計算し尽くされた動きが作る強度。
そして、パフォーマンスを行うエドゥアルドが個人としての存在を超えた空虚な器として現れてきて、ゆっくりと、聞き覚えのある歌のフレーズを含む多義的な台詞を繰り出す瞬間。その瞬間に鑑賞者は、過去の記憶を喚起されアーティストの発する台詞に自己を投影してしまうのかもしれません。

しかし、パフォーマンスの後半になると、アーティストは時折観客の方に鋭く目線を向け始めます。さらに観客は、アーティストによって大声で発せられる「Viva 」や「Brazil」という台詞により、自分の過去への没入から目覚めさせられ、特定の社会の問題に目をむけること、想像することを促されるでしょう。
こちらから、パフォーマンスの一部(全5分のうちの1分8秒)をご覧いただけます。



最後は、アンガーのスタジオです。
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ティモテウス・アンガワン・クスノ[インドネシア]
「何を覚えていたか忘れた」
レジデンスプログラムの期間中、私は人々から物語、記憶、また秘められた質問を「Lost and Found and Lost and What Department (LFLW : 失くして見つけて失くしてそれからどうなる課)」を通じて集めてきました。LFLWは、私のスタジオ内に設立された架空の機関です。私はここで集めた物語に手を加え、参加可能なインスタレーションとして疑問を掲げます。LFLWはオープンスタジオ会期中にオープンしています。同じ部屋を時間帯で分けて活動展開することで、「忘れる事」、「思い出す事」に区切りをつけ、対比を浮き上がらせます。昼間にスタジオは「フォゲッティング&リメンバリングクラブ」となり、夜には「ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド・カラオケクラブ」へと替わります。
昼間だけオープンしている「フォゲッティング&リメンバリングクラブ」では、スタジオで用意している材料を使って参加者自身の物語を共有することができます。そして、日が沈んでからは「ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド カラオケクラブ」となり、どなたでもご参加いただけるステージを用意しています。オープンスタジオ最終日には、この「失くして見つけて失くしてそれからどうなる課:LFLW」の「ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド カラオケクラブ」にてDJパーティーを行う予定です。
この制作は「Remembering and Forgetting as Social Institution」(1990年)について議論したジョン・ショッター(John Shotter)への応答です。一方で、この制作は過去2年間に私が取り組んできた「歴史上の架空の物語」を展開する既存の方法へ挑戦する実験でもあります。過去に私は、「架空の物語」を歴史に加えることで、語られることのない集合的な記憶を記録する実験を試みてきました。今回の滞在では、実際に語られた記憶を集める方法を優先的に行い、仮説(またはフィクションと思われるもの)を通して課題を投げかけることを試しています。
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インドネシアのスハルト政権時代に行われた歴史の書き換え・正当化についての話から始まりました。時の政権によってある意味歪められた歴史は現在でも教科書などに平然と登場します。これらを極端に表現するならば、国が作った“フィクション”とも言えます。ところがインドネシアの若い世代のアーティストが、アンガーのように歴史の見直しや真実の探求に感心があるわけではなく、むしろ自分は少数派である、と本人は言います。むしろ、自分の制作活動の方向性には国内のアクティビストたちの影響があったようです。
本人は悪者(例えば政治家や国家など)を見つけたいわけではなく、歴史上の事実を知り、客観的に判断することで、同じ過ちを繰り返すことを避けられる可能性を信じています。
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アンガーのスタジオは昼の部・夜の部とわかれており、この時間帯には夜の部「ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド カラオケクラブ」。本来ならカラオケタイムですが、本日はこのトークの後にスタートすることになりそうです。
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本人も触れている通り、彼が作り出した架空の機関では、昼間、鑑賞者は守谷市周辺に住む人々から集めた多用な形態で表現された物語、記憶、また秘められた質問を見る事ができます。文章や、インタビュー映像、写真、ドローイングなどです。その内容は様々ですが、戦争や辛い思い出も含まれているため、鑑賞者は少しシリアスな、真摯な姿勢で鑑賞するように自然と促されてゆくようです。それは他者の記憶であると同時に私たちの歴史でもあり、今後私たちの記憶に刻まれる可能性のある物語でもあると思わされるのです。鑑賞者が自身の過去の記憶を考察するような参加型の作品もその姿勢を後押しします。
しかし、日が沈んで夜の部が始まると、訪れた誰もが、空間内にあるステージでカラオケをすることができます。全てを忘れるかのようにカラオケに興じる鑑賞者の姿は、昼間のそれとはうって変わって楽観的に見えるかもしれません。このコントラスト自体もアーティストによる狙いであり、その巧みな仕掛けによって、私たちは決して忘れるべきではない過ちや記憶を、時々忘れながら生きることしかできない人間の愚かさや愛おしさを改めて感じます。
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社会(や歴史、政治)に対して強い問題意識を持ちながらも、それらをユーモラスに表現できる、これはアンガーというアーティストが持っている素晴らしい特徴のひとつといえるでしょう。新しいものは、過去の記憶を丁寧に探っていくことで生み出されるのかもしれません。
個人の経験がどう歴史を作っていくことができるかという視点も興味深い問いかけでした。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
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# by arcus4moriya | 2015-11-18 15:00 | AIR | Comments(0)
11/15 関連企画『サイト/地域に特化するとは?-アーティスト・イン・レジデンスと国際芸術祭』-3
石井です。2時間のディスカッションには重要なコメントがちりばめられており、ブログにするには長文ですが記録として続けます。それぞれ(AIR、美術館、国際芸術祭)における参加の性質やプラットフォームのあり方について。それぞれの立場からのコメントが続きます。

(※ここでは三部構成でお届けします。なお、2時間に及ぶ各発言に即していますが記録構成上、部分的に表記編集・割愛部分があることを予めご了承ください。「アーティスト」を掲載文字数の関係上「作家」、「アーティスト・イン・レジデンス」を「AIR」としています。)


今年の招聘作家、アンガーからの質問が続きます。
「今回、作家からの意見や運営している人からのAIRについての意見も聞いたが、守谷に住んでいる市民はAIRについてどんなインスピレーションを受けているか、得られているものはあるのか、実際のところ聞いてみたい。」と。
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急遽問われた質問に、飯田さんからも「守谷に住んでいる人で、アーカスのプロジェクトまたは3人のレジデントから何か得られた人に聞いてみましょう。」と移り住んできた人に挙手を募ります。

まず一人目、まさに近隣自治体つくばみらい市に移住してきた方からは「守谷中央図書館のアーカス掲示板が面白い。」とのコメントをいただきました。(※市内で唯一、図書館にある私達の活動をお知らせしている専用掲示板。回覧板や市報でのイベント告知をする以外に、図書館で目にする市民に向けて設置している。)そして、来る2020年の東京五輪における様々な文化事業についても言及されました。前回の英国五輪では大量の文化イベントが行われたのでアーカスプロジェクトのような文化事業も参加したら良いのではないか?との率直なご意見を述べられました。
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(そのような視点で活動に注目してくださる市民がいることに驚きました。20年前にはそんな意識をもつ機会は誰にもなかっただろうと思うと、市民の意識の変化も進化していると筆者は思いました。)

次に、近所に住んでいる高倉さんからもご意見がありました。

「松前台に住んでおります。二人子どもがおりまして親という立場から考えると、こんなに歩いてすぐ行けるところに外国人が年に三人きて3ヶ月滞在して、子どもを連れていけば、なんだろう?と興味をもって話してくれる。こういうのは日本中探してもそうそうある環境ではないなと思っていて。例えば近所の子どもの話を聞くと、週に一回、英会話に通わせてお金を払っていると。もっといい場所あるじゃないかと思うんですね。だからこういうところにもっと沢山の人が来て、もっと意見交換が生まれれば…。美術教育ということを考えている時にも、学校で教えているようなことよりも、より実践的なことを吸収しながら多様な考えを育んでいけるのではないかと思うから、個人的にはこの場所があるのは有り難いし、なかったら逆にすごく寂しいなと思います。」
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飯田さんがそれに答えます。

「今、お二人からとても良いコメントをいただきました。ないと寂しいと思ってもらえるのは22年の歴史ですね。地域に定着しているのだなと感じます。2020年の東京オリンピックにむけて立候補されては?という提言については茨城県がどう考えていくかではないかな、と。
私はこういう地域にあるAIRが地域のレベルで活動していくのはすごく大事だと思います。国は国のレベルで外交に基づいて海外と交流するラインがありますし、守谷というチャンネルやアーカスというチャンネルからピアトゥピア (※補足:peer to peer 対等な者同士) で直接つながることができる海外の人たちもいます。国を通さないといけないという仕組みができてしまうと、そういうパートナーシップがつぶれてしまう。そうではなく、すごく小さな草の根交流かもしれないけれどもある地域に居続けて、そこで自分のパートナーとなるような外の世界とつながっていく場所が数多くあることが非常に大事なことなのではないかと思います。」

飯田さんの後にエドゥアルドからもコメントが出ました。

「今回の話を聞かせていただいて『地域/ローカル』に関して考えていくと、守谷に住んでいる方々とはたぶん違うレベルで茨城や日本人など違うスケールでみて、尺度を変えて考えるといろいろ変わってくるのではないかと。例えばスタッフのなかでも、守谷でも茨城県でもない違う地域から来た、それぞれが違う歴史や背景をもっている方々がアーカスに携わることによって場が活性化して、なおかつ我々のような海外の作家が参加することによって、違うものの見方が現れます。それが大事なのではないかと。違うものの見方が介入することで新しいエネルギーが生まれるのではないかと思う。ただ、ちょっと気になるというか危ないなと思うのは、『地元の人たちをどれだけハッピーにできるか』というところだけを尺度として考え始めてしまうことです。たまにはひょっとしたら作家が何かやった結果として地元の人がすごく怒ってしまった、ということも大事なのではないか。と考えたりします。」
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飯田さんよりエドゥアルドの話から、芸術祭での事例を挙げていただきました。
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「非常に大事な指摘です。実際にそういうことは、アーカスにおいてはわかりませんが、国際芸術祭ではあります。作家がその地域を知り得る期間が短く限られているので、場合によっては表層的なリサーチになることもあり得るし、作家に悪気がなくても運営上の問題や関わり方のために、期待や思っていたものとの違いでハッピーに終われないことも多々あります。扱うテーマが、例えば政治的なタブーや震災の問題や福島の原発事故など、人によって考え方が全く違う複雑なグラデーションをもつ場合はなおさらそういうことが起こります。必ずしも人をハッピーにすることが芸術の目的ではないので、そういうことも時にはあっても良いと思う。けれどもAIRはそういう場所なのかどうかは引き続き議論していきたいですね。

エドゥアルドの意見で思い出したのは、星野さんが事前に紹介してくださった『パラサイト』の定義です。日本ではフリーターをずっとやって40歳を過ぎても親のすねをかじって、という意味合いの『パラサイト』も聞かれますが、そもそもパラサイトは法的権利もないのに(家主の)傍らで居候的に食事をしているような人という語源があるそうです。AIRにおける作家もそういう意味でパラサイトしていると思うのです。法的に来ているという意味では語源のパラサイトとは違いますが。理想的には、作家はある種エイリアン/パラサイトとしてこの守谷に来ていて、それが地域なり住民なり、関わっている人たちに精神的に関与して浸食していくようなことがもし起これば、それがハッピーであろうが不快であろうが、パラサイトとして成功なのではないかと。ここでパラサイトについてちょっと星野さんにお話いただこうと思います。」

星野さんより「パラサイト」について解説されます。
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「今話題に出していただいた内容は、5年ほど前に京都市立芸術大学のギャラリーで行われた展覧会の図録に書いたエッセイが元になっています。『パラサイトの条件』という、パラサイトという概念についての簡単な考察です。『パラサイト』の語源に関して面白いと思うのは、実は『パラサイト』は場の『サイト』とまったく関係がないということですね。元々ギリシア語で『パラシートス (※Parasitus / παράσιτος):穀物をくすねとる人』という意味の言葉なのですが、現代の英語で、これをパラとサイトに分割すると、『傍らにある、寄り添っている』という意味の接頭辞『パラ』と、『サイト』の組み合わせになる。『パラサイト』というと我々はネガティブに捉えがちですが、それを『場の傍らにいる人』というイメージで捉えると、とても興味深い形象として浮かび上がってくる。そんなふうに、『パラサイト』という存在を『場の傍らにいる者』として、生産的で肯定的なものとして考えることもできるのではないでしょうか。」

更に飯田さんが具体的な話を聞きだします。

「その傍らにいる人が、結果としてホストや宿主を浸食していく例を以前に挙げていただきましたけれども、そういうのはアートの現場でも起こり得るのでしょうか。」
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「そうですね…。起こりえることだと思いますし、イメージとして文学作品を引き合いに出すと、例えば、『書写人バートルビーBartleby, The Scriverner:ハーマン・メルヴィルの小説)』という短編作品では、法律事務所の雇われ人であるバートルビーという書写人(コピーがない時代に手書きで写す人)が、語り手の『わたし』という雇い主の事務所に寄生して住みだすんですね。物語が進むに連れて、雇われ人であるバートルビーと、雇い主である『わたし』との関係が、徐々に転倒していくわけです。ある意味でバートルビーは、『サイト』に寄り添うというか、むしろみずからの言動を通じて『サイト』の性質そのものを変えていく。『パラサイト』に何か生産的な意味を見出していくとすれば、そのようなことが重要かなと思います。」

星野さんのコメントから続けて飯田さんより、場の性質が変容していく可能性について小田井さんに投げかけます。

「性質を変えるということはできるかもしれないですね。招聘作家が滞在期間後にそのまま住み着くのはアーカスでは無理かもしれませんが、滞在が数年後のアーカスのプロジェクトの質自体を変容させていくことはあり得ると私も思います。実際22年間の蓄積で変わってきたことも多々あると思いますし、招聘される作家の質も変わってきているのではないかと。例えば南アフリカからの招聘は今回初めてでしたし、シニアな作家時もあれば若い世代の時もありました。地域からの要望もあるでしょうし、いろいろな変遷があっただろうと。性質の変化が行政レベルでの枠組みを変えることになっていくと、コーディネーターとしても面白いことになっていくのではないかと思いますが…。小田井さんには今日久々に来られていますが、20年間の大きな変化を感じることはありますか?作家の実践における性質の変化や、近隣地域の変化など、どんなことが考えられるでしょうか。」

小田井さんが答えます。
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「今日思ったことというより、ここ近年ですごく変わったと思っており、そのキーワードは『共有する』ということ。さきほどアンガーが言っていたが『シェアをする』という発想は、初期の頃のアーカスにはなかったかもしれないと。いかに作家が素材としてのエキゾチックな日本を見て、そこから何かを採取・回収して、作家というフィルターを通して新鮮な作品を作っていくことを目的としたコーディネートが求められていて、市民など集まってくる人も『良い作品ができること』を期待していた。ところが今のアーカスは、この場に集まってくる人やAIRそのものに関心を寄せる人たちと、作家がやってくる度に何か新しいことをシェアしたり体験を求めたり提供したりできるようになっているのではないかと。なんとなくの感覚だが、私自身が何年もAIRに関わっている立場としてもそのような変化を感じています。」

そして本日、昔のレジデント作家が来ているということで、飯田さんから昔と今の違いについて聞いてみますか?と。
来日中でスタジオに来てくださった2003年度招聘のティエンさん(ベトナム)と1996年度招聘のタワッシャイさん(タイ)にも質問が飛びます。
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「私は2003年に招聘されました。今日は数時間前に着いたばかりで違いを語るには難しいと思うが、私自身が2003年に来た時はコミュニティ(高校生やご年配の方)と一緒に作品を何か作ることをしたのですが、今回ここに来て地域/コミュニティの地位がまだあることがわかって素晴らしいと思いました。アートをコミュニティに根付かせ、アートがコミュニティにある、コミュニティがアートを意識する。その関係性を作っていこうという意思がいまだにあることが素晴らしいと思う。私は世界のいろいろな国でAIRを体験してきたが、強くコミュニティを作っていこうというAIRはそうそうなくて、アーカスにはそれがある。コミュニティの中で『守谷と言えばアーカスだね』というイメージが最終的に根付くことを期待します。」

タワッシャイさんからも一言ありました。
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「私は1996年に招聘されたのでほぼ20年くらい前です。アーカスが私の作家としてのキャリアの中でいちばん最初のAIRです。やっぱりその時の印象が非常に良くて作家として頑張っていこう、と思うようになり続けることができました。それはとても有難いと思っています。20年間という期間の中で、やはり20年前も今日みたいな形でいろいろな人たちや、地元の人たちが関わってサポートしていただいて、という形が既に当時できていました。当時もこういう形でこの部屋でトークがあり参加した人がその話を聞くという機会がありました。今後も継続していってくれたらと思います。」

と、懐かしむタワッシャイさんの話から、私たちの知らない20年前にも既に同じようなことがされていていたのを知るのでした。

飯田さんからのコメントが続きます。

「経験や体験を共有していくことは作家だけでなく、コミュニティ全体、地域全体とも関わっていると思いました。今日少し前にパフォーマンスや演劇と美術が徐々に近接してきていることに関する話がありましたが、観劇している時やパフォーマンスを見ている時を思い出してみると、あまり体験が共有されていない気がします。劇場という空間のなかで観劇している時間は人と共有されますが持続するものではないし、そこで個人として得た経験や体験は個人のなかには残るけれども、こういう(アーカスのような)共有のされ方ではないですね。美術とパフォーミングアーツは、近くなったといえども共有という点においては若干まだ違いがあるのかなと。
20年ぶりに戻ってきた卒業生の作家から、『まだあって良かった、続けてね』と言われることはアーカスにとって大きな意味があることだと思います。今後もどう変わっていくかわかりませんが、『継続は力なり』ですね。これがモデルケースになります。アーカスみたいになろうと頑張っているところもあるので、そういう場であり続けるというのは非常に大事なことだと思います。」

星野さんからも最後にコメントをいただきました。
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「概してフラジャイルな文化事業が多い中で、アーカスが22年続いているのはすさまじいことだと思うんですね。それは、はじめの方で小田井さんが仰っていたことだと思うんですけれど、場所や施設を作るとなかなかやめられず、結果的に続けていかざるをえないという状況ができる。それこそ『サイト』を作ると、そう簡単にはやめられない、つまり事業を続ける一つの背骨になるわけです。日本ではかつてハコモノ行政が厳しく批判された時期もありましたが、継続ということを考えた場合、具体的な場を作ることは重要なことだと思います。
もうひとつ個人的に思っていることがあります。こういった事業の場合、『コミュニティ作り』はもっとも話題にされるトピックのひとつですが、他方で地域に根ざした文化事業(施設)の意義は、それに強く反応する『個人』を作ることでもあるのではないかということです。さきほど、アーカスが20年以上続いていることを強調したのは、20年というのは子供が大人になるために必要な時間だからです。10代の頃にこういうところに来ていて、20年くらいすると業界で立派に働きだす、みたいな(笑)。そういう意味で言うと、自分にとっては水戸芸術館の存在がすごく大きかったです。高校生に入るまで、僕は美術に全く興味がなかったのですが、たまたま高校の近くに水戸芸術館というひとつの文化施設があったことで、その後の人生がまったく変わってしまった。
例えば、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館をはじめとして、90年代には日本各地で現代美術館がいくつかできましたよね。自分の同世代でも、当時10代だった人たちが、そうした地方の美術館を入口として美術に関心を持ち、現在この世界で仕事をしているという話を少なからず聞くことがあります。守谷でも、20年経つときっとそういう人が現れてくるでしょう。本来、文化行政はそれくらいのスパンで考えられるべきものです。AIRや芸術祭に限らず、短期的な数値評価では絶対にこぼれおちてしまう『20年スパン』の人の現れ方を見ていかなければならないと、つくづく思います。」

最後のコメントに飯田さんは。

「素晴らしいコメントですね。地域のなかに強く反応する『個人』をつくる。最終的に芸術は個人的なもので、誰に頼まれなくても作家はひとりで作品を作るし、見る人も自分の経験として持ち帰ります。今日、水戸芸か水戸市から来た人はいないですか?聞かせてあげたいです。文化施設の存在により(星野さんを指し)『ここに成果がある』と、そして水戸芸の重要性を言って記録に残した方が行政的に継続しやすくなるのでは。」
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と、すかさず飯田さん、小田井さんからのコメントに星野さんも

「水戸芸がすごく重要だということは最近積極的にいろいろな場所で言うようにしています(笑)」と。

加えて、飯田さんからも常にいくつか話題にしていることをひとつ挙げてもらいました。

「ビエンナーレは2年に一回、トリエンナーレは3年に一回開催されます。子供の時にみた国際芸術祭をその子が成人するまでに見る回数を計算すると、だいたいビエンナーレの場合は2年に一回だから10回、トリエンナーレの場合5〜6回、開催されると20年経ちます。それをボディブローのように見続けたら、職種は何であれ芸術文化が身体にしみつくもの。そういうサイクルが実現しているリバプール(ビエンナーレ/英国)、シドニー(ビエンナーレ/豪)、ブリスベンのアジア・パシフィック(トリエンナーレ/豪)といった継続してきたビエンナーレやトリエンナーレは今、強靭なものになっています。
それらはどちらかというとステートレベル(県レベル)でなく市レベルの自治体主催が多いです。規模としては県ではなく市レベルのところが地元に特化した文化事業を定期的に実施して、子供が芸術畑に(さまざまな関わり方で)戻ってくるというサイクルが実証されている。日本では水戸芸術館がモデルケースになった証拠がここにあるということがわかりました。」

最後に小田井さんからも一言いただきます。
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「美術館や国際展も中身や性質もいろいろあるので一概には言えないが、たぶんAIRが他の文化事業と違うのは、飯田さんも仰った通りプロダクションの現場であることと、生活と仕事の境界線がはっきりとはしておらずグラデーションでつながっている、または入り混じっているというところがある。だから『暮らしている』ということが前提になり、ただ純粋に制作するだけではなく地域に住む、暮らすという行為そのものが沢山のフックになる。その場所に対しても何かしら第三者が関わるような、とっかかりになる部分が多い。そこはひとつ私の中で面白いところだし非常にグレーなところがAIRの魅力だと思っている。守谷には美術大学、美術館がある、ギャラリーがありますとかいういわゆるその場所での「アーティストの滞在理由」は何もない…そんな場所だから逆にすっと入っていけて、ひとつのコミュニティになってサイトになっていったということができたのではないかと。」

飯田さんが小田井さんの言葉を受けて、
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「暮らす/生活があるということですね。ただ制作のサポートだけでなくAIRを運営していくうえで、ここでコーディネーション業務を担うスタッフの皆さんは寮母みたいになっていくでしょう。生活と芸術生産がいちばん密接につながっているのはAIRの場所かもしれません。
本題には出さなかったですが最後に関係することを述べると、サイト・スペシフィックという言葉が使われ始めた1970年代初頭にアメリカのゴードン・マッタークラークという作家が『フード(Food)』というプロジェクトを行いました。フードというのは文字通り『食べ物、ご飯を作ってふるまって食べる。』その後1990年代にはタイ出身の作家、リクリット・ティラバーニャ(or ティーラワニット)がそれをふまえて食のパフォーマンスをしています。その二者の決定的な違いは、マッタークラークは別段、観客を巻き込んだり参加を求めたりしていないこと。70年代のインフラがあまりない頃、芸術家友達が集まれる場所を作るために食べるという行為を通して場所を確保する、つまり自分たちのサイトを確保するためのプロジェクトとして行われたことでした。それが食べ物を使ったりコミュニティを作ったりする後世の作家にも影響を及ぼしている発端のひとつです。マッタークラークのプロジェクトはまさに、『Food was an active and dynamic site. (フードというプロジェクトはアクティブでダイナミックなサイトだった。)』と言及されています。施設があったわけではなく、空間であり、コミュニティ、作家という人間を含むサイトでした。さっき小田井さんが仰った『生活する、暮らす、食べる、寝る』ということにも付随して、このAIRという場所もマッタークラークのフード的なサイトでありうるのかな、と最後にサイト・スペシフィックの起源について思い出したところでディスカッションを終わりにしたいと思います。」


今回の議論を通して、地域における芸術祭や文化事業を繰り返し行うことが、当時子どもだった子が大人になる頃までに、影響を少なからず与えるであろうサイトに成長し、AIRに関わる人々によってサイトの存在を実証できるのであれば、22年疾走し続けている守谷というサイトに存在するアーカススタジオは何を具体的に実証していけるか、日本のAIRの歴史を考えるうえでも、今後より興味深い分析ができそうです。 

本日のオープンディスカッション、お陰様でたくさんの方々にお越し頂きました。お集まりいただいた皆様、有難うございました。ご登壇頂いた星野さん小田井さん、モデレータの飯田さん、そして通訳の池田さん、有難うございました!最後にアーティストとも記念写真を。
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そしてお約束のオフショット。
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写真:加藤甫
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# by arcus4moriya | 2015-11-15 17:24 | AIR | Comments(0)
11/15 関連企画『サイト/地域に特化するとは?-アーティスト・イン・レジデンスと国際芸術祭』-2
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(※ここでは三部構成でお届けします。なお、2時間に及ぶ各発言に即していますが記録構成上、部分的に表記編集・割愛部分があることを予めご了承ください。「アーティスト」を掲載文字数の関係上「作家」、「アーティスト・イン・レジデンス」を「AIR」としています。)

遅ればせながら、こんにちは。石井です。ディスカッションは飯田さんモデレーションのもと、2時間繰り広げられました。

たくさんの人が関与できること、もしくは「参加する」こと「参加をよびかけること」について前半をふまえて話題を深めます。
「参加型」と呼ばれることについて、それは作品成立の為の指標となるのでしょうか。そして作品の強度は参加者への強制力の枠組みの強弱に基づく構造によるものなのでしょうか。作家名義の強弱、「作家の作品」と呼べる反面、「参加者」が素材の一つとなりかねないのでしょうか。
ディスカッションは続きます。



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「作家の制作活動で使い、市民活動でも使うという施設で継続しているアーカススタジオがあるとはいえ、いきなりやってきた海外芸術家と呼ばれる方々が活動しているものに自然発生的に、躊躇なく食いついていく市民の数は全体的に少ない。きっかけがなければただ同じ場所を使い合うだけになり、参加型プロジェクトもフレームを用意しておいたとしても多分誰も参加せずに終わったりすることもあると思います。」

という小田井さんの意見を受けて、飯田さんが続けます。
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「最終的に作品としての評価基準(クライテリア)を設けることが難しいのは、AIRで第一義とされるのは『作品を完成させる』ことではなく、制作自体やそのためのリサーチや考える時間が主だからではないか。(展覧会を最終成果とするAIRもあるが。)一方で、制作に参加しようがしまいが実は市民には関係がない。横目に『あ、海外から人が来ているな』と映るくらいでも良いのかもしれない。しかし形のない活動を認めていく場所も必要だからこそAIRの存在には意味がある。『形のない、無形化されたアクションや行動自体』が作品になることも増えていることが、AIRと展覧会、或いは芸術祭とが結びつくようになってきている理由のひとつのではないか。『地域として参加する』ということも、形のないものが参加することといえる。同様に、演劇やパフォーマンスなどモノとして物理的な形がない作品も参加しやすいプラットフォームとして機能しているのではないだろうか。参加を積極的によびかけたり、参加しやすいしかけを作ったりする必要性はあるのか。作品が無形化してパフォーマンスや演劇に近接していくと、地域(の人々)が参加しやすいという現象は本当に起きているのだろうか。」

参加の入口はどこなのか、星野さんに質問します。

「演劇や映画という、必然的に多くの人を巻き込む形式を導入し、その結果、沢山の人が関与するケースもある一方で、『参加』そのものや『参加してください』という呼びかけは、場合によっては複雑な気持ちにさせられるものだと思う。『参加してください』という枠組みを提示して、もちろんそこに喜んで参加してくれる地元市民がいる一方で、『それはちょっと……』とためらう人もいる。それ自体は悪いことではない。仮にそれを『強い参加』とすると、それとは異なる『弱い参加』(という言い方が適切かどうかはわからないが) の仕方、例えば、ゴンザレス=トレスの作品のように、オブジェクト状に積まれた紙を『持って帰っていいよ』という『弱い参加の仕方』もある。持って帰る人が見られるわけでもなく、ある作品に対してちょっとだけ主体的、能動的になる、そんな『弱い参加』の方がうまく機能するケースもある。
『参加型』の作品を考えるとき、『強い枠組み』ならば沢山参加してくれるだろうし、実際に成果としても指標が見えやすいが、実際にはもっと「弱い枠組み」の参加型作品や、更に言えば『参加型』と謳わないような作品であっても見る側になんらかの反応を及ぼすはずなので、『参加型』それ自体が良いものかどうかは微妙なのでは。」
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星野さんは参加することへの枠組みについて答えました。
飯田さんが例を挙げます。

「確かに『参加してください』という掲示があると、参加してアクションしてあげないと作品が成立しないのだろうなと気がかりになる。極論をすれば、観客/オーディエンスがいない作品=見る人が参加していない場合、作品としてその枠組みは成立していない、という考え方もある。『強い枠組み』の参加は、人にフィジカルに指示を与え強制力が強くなる分、その作家の作品としての度合いが高くなる。だからこそ制作者であるその作家の名義を全面に出しやすくなり、参加する人が素材化されていくという構造が見える。逆に『弱い枠組み』は強制力が弱い分、ソフトで参加しやすさがあり、作家の名義や権威が強く出てこない。オーディエンスのとる行動はミニマルになり、作品のタイプにもよるかもしれないが、作家はそれを『僕の/私の作品だ』と大声で宣言するようなものにはならないのでは。」

そこで制作過程においていろいろな参加者を募った今年のレジデント3人に話を聞いてみることに。まず飯田さんの3人への印象が話されます。

「アンガーの場合は記憶を収集するために参加者が絶対に必要であったし、参加してもらう前提で制作をしっかり進める枠組みの強さがあったと思う。ステファニーは日本人になろうとするプロジェクトで同世代の日本人女性を募集したものの、ものごとがどう展開するか自分でもわからず苦労しただろうという点で『弱い枠組み』の参加だったのでは。そしてエドゥアルドはその中間で即興的だが、過去に同じメソッドを使って作品を一度完成させている。偶然の出会いをも呼び込むフレームを作ったエドゥアルドは、日系ブラジル人の学生と日本人の高校生をオーケストレーションする役割だったのではないか。

では、三者三様の参加方法について、地域の人々との関わりやその枠組みの強弱はどうだったのでしょうか?チャレンジングだったこと、実際やってみてどうだったか、思ってみたこととやってみたことの違いについて聞いてみましょう。」
と各作家にマイクがわたります。
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エドゥアルドは二校の生徒たちとワークショップを進めていく過程を、ゲームのチェスを楽しむようだった、と例えます。ある駒を使ってそこに当てはめていくような感じ。即興的な言語で何か指示を与え、次に何をするかはそのあとに考え、自分の進めたい方向性が明確にあってもそれを(参加する生徒たちに)あえて言うことはせず、説明することをなるべく排除した、とも。ただなんとなくその方向へ行くようなヒントは与えていた、そして次に何が起こるかをみていたという感じ、と答えます。
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ステファニーは、最初にある程度のフレームワークや方法論をがっちり決めてやろうとしたことが逆にやりにくくなった。提示したものをやっていくにつれて自分も参加している状態になっていき、自分が感じた経験や会話のやり取りがコントロールしきれなくなったことから(参加者の反応に対して)フレームワークを持つことをやめ、自分がここにいて何を感じたかを優先するようになった、と答えます。
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アンガーの場合、フレームワークは大事だとは思うが、方法や人とのやり取りは基本的に有機的なもので地元の参加者をモノとして消費することはするべきではないし、出来ない、と。作家と参加者の立ち位置は平等で、お互いに何か学んでいくものであり、お互いに思っていることを共有するのもプロセスなのではないか。それを進める為のフレームワークは多少必要で、そのフレームワークの上で交渉したりしている。いわゆるSocially Engaged Art (社会参加型)系の現代美術ではプラットフォームを作る可能性が非常に高く、結果よりもプロセスが大事である。例えば今回のプロセスも別の場所で10年後にやったら違うものになるだろうし、お互いに成長する機会なのではないか、と答えます。

飯田さんが問います。

「作家にとっては学びの経験になると思うが、では守谷市民や地域の人たちにとって作家がいる意義とは。作家とのインタラクションによって実際に何か得るものはあるのだろうか。案外コミュニティは元々そこにはなくて、作家というエイリアンが来ることによって、地域の人々がこのコミュニティの存在に気づいたりするのだろうか。

スタッフの立場から見た場合、AIRの活動は地元の人々への影響はあるものなのでしょうか?」
と、作家と関わりながら見えてくるものについて、コーディネーターにも質問がされました。

まず藤本さんから答えます。
「それにはいくつかのレイヤーがあり、得ているという人は何人も名前が挙げられます。アーカスにいると、作家に関わったり作品に参加したりする方が絶対に得るものがあると思ってしまう。なぜならそういうフィードバックを直接参加している人たちから受けているから。良い場合がほとんどで、悪い場合もそれはそれなりに影響だと思う。
最初に仰っていた、地域として、守谷市というエリアとして影響はあるか?に関しては…私たちには、市役所や県庁からそのような成果をなるべく数字で、もしくは数字じゃない場合も言語化して報告する義務があるので、もちろん表明しているが、その中で具体的に挙げられる地域としての影響の例はあまり多くないです。もうちょっと身近な、小さないろいろならあります。
例えば、ここではまだ土地開発の最中にあり新たにマンションを建てるときのパンフレットに(土地開発系の企業から)『町のイメージアップに直接つながるのでアーカスプロジェクトを町で行われている文化事業として宣伝に入れさせて下さい』という依頼もあったりします。イメージではないでしょうか。移り住む人たちの多くは、芸術文化事業が『ある地域』と『ない地域』では、ある地域の方が好ましいとイメージしているのでしょう。
アーカスができる前の元々住んでいる人たちで、かつ、アーカススタジオに来たこともなくて、それほどの興味のない人たちへの影響はゼロの可能性もあります。ただ、時々面白いと感じるのは、市内のタクシー運転手と話していると、アーカスってあるよね、なんか外国人がいるよね、と言われる。ネガティブでもポジティブでもなく、ただ、でも受け入れているという現実がある、そういう人たちの割合がいちばん多いのではないか、と。「何かやっている」ということをごく自然に受け入れていて守谷は許容力のあるエリアに今なっている気がしました。」
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私も答えました。

「まず『地域に特化する』と言ったときに、近隣自治体を含む茨城県南地域を指すのか、もしくは守谷のみを地域と絞るのかによって話も変わってくる感じがしています。なぜならばアーカスプロジェクトには、サポーターというボランティアとして関わって下さる人たちがいて、その中には作家の制作に関わってくれる人、もしくはイベント自体に参加してくれる人、事業を協賛してくれる企業スポンサーなども含め、関わる人を全てひっくるめてサポーターと呼んでいながら『アーカスプロジェクトに参加して下さい』と実際に謳っているから。例えば、市内にイベントをお知らせする為の回覧封入作業のように、ちょっとした私たちの運営に携わることにまで参加して下さる方々もいれば、海外から作家がやってくる季節になると、その作家と何か一緒に関わりたい、と言って率先的に参加するサポーターなど様々いる。そのとき興味深いのは、守谷市民よりも近隣の自治体からの参加者が多く、常総市やつくばみらい市、取手市など、周辺に文化事業があっても守谷のアーカススタジオに来たい、と関わる人が多い印象がここ数年あると感じている。『地域』をどういう枠組みで言うかによっても、影響力の判断の仕方も、どう表明できるのかな、と疑問に思っています。」

各コーディネーターのコメントから、飯田さんがまとめたことを通じて星野さんに聞きます。
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「ここで重要な指摘が出たので要点をあげると、アーカスという場所、守谷という場所、守谷の近隣の市という場所、という違う場所があるということがわかりました。『ある場に固有である』ことを意味するサイト・スペシフィックという言葉がアートの文脈では英語のままカタカナで使われるようになっていますが、その定義が年々ずれてきているのではないでしょうか?物理的な『アーカス・守谷市・近隣自治体の○○市』という場所と、アートの文脈におけるサイト・スペシフィックとの間にあるズレについて、語源的な成り立ちも含めて補足説明をお願いします。」
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「いま飯田さんが仰ったことは今回のオープンディスカッションの出発点でもあり、重要な話です。
サイト・スペシフィックという言葉が美術の文脈で定着していますが、これは『サイト(Site:場所)に固有の』という意味ですね。けれど、今日ここまで出た話はすべて『リージョナル (Regional:地域の、地方的)』な話です。そもそも『サイト・スペシフィックである、ある場所に固有である』という言い方は1970年代にさかのぼりますが、当時はロバート・スミッソンをはじめとするアメリカのアーティストたちが、美術館やギャラリーのようなホワイトキューブの外で作品を展示しはじめた時期です。そのとき念頭に置かれていたのは、真っ白でフラットなホワイトキューブの空間に対するアンチテーゼでした。そもそも『サイト・スペシフィック』という言葉には、そうしたコンテクストがあるわけです。
他方、今ここで問題になっているのは『リージョナル(地域的)』なことですから、実はここには言葉の混同、ないし取り違えがある。だから、それについて話す場をもたなければならない、ということが最初の飯田さんの問題提起だったと思うんです。」

飯田さんが続けます。
「もうひとつ問題があるとすれば、国際芸術祭ですね。そこには『地域』と元々の語源の『サイト』、そしてホワイトキューブ的な場所の三つがあるということ。主に野外メインで開催している、例えば大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ瀬戸内国際芸術祭、などの場合はリージョンで規定されますが、美術館やギャラリースペースを使う芸術祭の場合では、サイトとリージョンの両方のサイト・スペシフィックがあることが混乱の原因でもあるように思います。
さらに、本日関係者の方々がリサーチに来られていますけれども、来年KENPOKU ART(茨城県北芸術祭)もこの地域で始まります。ギャラリースペースで完成された作品を見る芸術祭なのか、あるいは野山、屋外、自然のなかでロバート・スミッソンのようにある場に介入していくのかによって、ずいぶんスペシフィックに向き合う相手が違うということがこれまでの話でまとまってきました。
そこでAIRという場はどのように変わっていったら良いのかについても話し合ってみようと思います。AIRはプロダクション、つまり制作のための場であるべきで、美術館や展覧会というプラットフォームはできたものを見せる場だとして、AIRで作ったものが展覧会で作品として見せられるような流れは望ましいと思いますがあまりないですね。どうしてその流れができていないのか、小田井さんはどう思いますか?」

飯田さんの問いに、小田井さんが答えます。
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「痛い…。イタい質問ですね。そもそもAIRが事業化して目指すところが作家の将来的なキャリア育成や、卒業後の作家のための、ひとつの場であるという言われ方をしていて結局、作家のための『場と機会を提供する』という特定の人のためだけに向けた事業。日本ではお金の出どころの問題もあり、『地域活性化』というところに結びついていったり、参加型のプロジェクトをやるという動きといつしか混同していったり、という中にきているのでは。実は日本にAIRが入ってきた初期の頃の作家の作品は美術館に所蔵されることや、国際展で再展示されるようなことは起こっていた。だけど、確かに私もつぶさに調査できていないので完全な答えではないが、ここ最近はないかというと、ソンミン・アン(※)はどうでしょう。4年前アーカスにいた作家が滞在中に制作した作品がシンガポールビエンナーレに出展し、そのままコレクションになったという事例はあります。しかし、それも私が偶然いた時なのでその後の追跡は容易にできたが、意識的にAIRを経験した作家たちがその後ここで滞在中に作ったものをどう展開していったかはちゃんと追えていないかもしれないです。シャロン・ロックハートの《GOSHOGAOKA》はわりと初期の頃に横浜美術館にも所蔵されています。」

(※補足:小田井さんがディレクターの年に招聘したソンミン・アン(2010年度招聘作家) の成果は、守谷市民が出演する映像作品「Be True To Your School」としてオープンスタジオで発表され、翌年の国際展に出展、シンガポール美術館へ所蔵された経緯があります。)

飯田さんから収蔵される作品の傾向についても話されました。

「やはりそれは形のある作品、造形物や映像だと収蔵されやすいですね。パフォーマンスなどは(記録映像を除き)収蔵されにくい傾向がありましたが、星野さんも指摘されていたように、近年の潮流としてパフォーマンス、演劇、Socially Engaged Art、ファインアートが互いにだいぶ近接してきている現状があるように感じますし、この3人の中でも特にエドゥアルドはまさにそういう作品を作ってきているわけで…。」

と、エドゥアルドに何かあるか聞こうとしましたが、隣のアンガーにマイクが渡ります。突如アンガーから質問。
「今回、作家からの意見や運営している人からのAIRについての意見も聞いたが、守谷に住んでいる市民はAIRについてどんなインスピレーションを受けているか、得られているものはあるのか、実際のところ聞いてみたい。」と。

…ディスカッションは続きます




(写真:加藤甫 ※1枚目を除く)
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# by arcus4moriya | 2015-11-15 16:57 | AIR | Comments(0)
11/15 関連企画『サイト/地域に特化するとは?-アーティスト・イン・レジデンスと国際芸術祭』-1
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オープンスタジオ2日目は、オープンディスカッション
『サイト/地域に特化するとは?-アーティスト・イン・レジデンスと国際芸術祭』を開催しました。

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こんにちは。石井です。もうふた月も前のことになりますが、今年度のオープンスタジオ関連企画に関してブログを更新します。毎年、様々なテーマを掲げ関連企画を実施するオープンスタジオ(以下OS)では、作家や研究者、異分野のゲストを招きその時勢に着目した関心事に基づき議論を展開しています。今年は、ゲストに星野太さんと小田井真美さんをお招きして、作家がおかれる状況・地域からわき起こってくる昨今の地方の「芸術祭」と「アーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)」との関わりについて今年度のゲストキュレーターでもある飯田志保子さんモデレーションのもと、2時間のディスカッションが繰り広げられました。
(※ここでは三部構成でお届けします。なお、2時間に及ぶ各発言に即していますが記録構成上、部分的に表記編集・割愛部分があることを予めご了承ください。「アーティスト」を掲載文字数の関係上「作家」、「アーティスト・イン・レジデンス」を「AIR」としています。)

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実は元アーカスプロジェクトの4代目ディレクター (2010-2011年度)だった小田井さんは3年ぶりの守谷帰郷です。現在は札幌のレジデンス施設「さっぽろ天神山アートスタジオ」でディレクターをしておられ、札幌国際芸術祭2014では飯田さんらと芸術祭を創りあげた方でもあります。そして星野さんも実は常総線沿線付近に住まわれていたそうで、茨城にゆかりのある美学/表象文化論の研究者であることも発覚。研究対象として場や地域について考えている星野さん、AIR勉強家の小田井さんからここの印象を。
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小田井さんからはあたたかいお言葉が。
「3年ぶりにアーカスプロジェクトの現場に戻ってきました。ここでの2年は濃くて、AIRを考えるときにいつもスタンダードになっており、そこからAIRの有様や未来を考えていました。3年ぶりのOSの雰囲気は変わらない部分と、見たことのない来場者の存在に感激と動揺があります。(レジデントの)3人の活動も、ここに来て何を見て何をしようとしてきたかがわかる非常に素直なOSの様子を見てほっとしました。アーカスらしさが3年経っても引き継がれ、つまり招聘作家の活動を中心に据えて、その活動に寄り添う形でコーディネーターの仕事があり、地域の方と共有する場を持つ、非常に素直なレジデンスを目の当たりにして私も初心に返った気持ちです。」
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星野さんからの感想は、というと。
「自分の地元は、実は下館という常総線の終点の駅です。なので守谷という地名は昔からよく知っていたのですが、具体的には守谷中学校のバスケ部が強かったという思い出くらいしかなかった(笑)。地元に高校生まで18年も住んでいたのに、数ヶ月レジデントで来ている作家たちの方が自分よりも守谷のことを詳しく知っているというのは考えてみれば不思議なことです。そしてアーカスの存在ももちろん以前から知っていましたが、来るのは初めてです。OSは活気があり、とても良い雰囲気だという率直な感想を抱きました。自分は、普段は主に大学で研究をしているので、作家やキュレーターと仕事をする機会は多くても、現場でこうしたOSがどのように行われているのかは、実際に来てみないとなかなか見えないものだと思いました。」
と言って参考資料を紹介してくれました。
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そして、飯田さんよりお題を発表。
「『サイト(site)』はある場や敷地を示しますが、『地域 (region)』はもっと広義で場所としても広く、場合によってはそこに住む人々をも指します。サイトと地域の違いについて念頭におきつつディスカッションを進めます。
2000年代以降、国内でも国際芸術祭が増殖しつつある一方で、アーカスのようなAIR施設も90年代以降同様に増えています。そしてそれ以前から日本全国に様々な美術館も存在しています。『ある地域に特化する』という点ではいずれも(国際芸術祭・AIR・美術館)各自のミッション=使命をもっています。
どうやってその地域に深く関わり、そこにエネルギーを注ぐかは、これら三つそれぞれ関わり方が違います。しかし近年、いろいろな芸術祭で展示される『その地域に関わって作られた』作品や、各地のAIRにおける作家の活動を見ると、本来その地域に固有(スペシフィック)なものを期待されているはずであるにも関わらず、各地で似かよった作品が展示されていたり、他の地域でもできる活動が行われていたりするなど、ある場に固有(サイト・スペシフィック)であることと地域に特化することがいろいろな所で混乱している傾向が見受けられます。

作家の作風による理由なのか、依頼する主催者や美術館などが求める結果のためなのか、または地域の類似性に原因があるのかなど様々な背景が考えられますが、時と場合によって、作家の問題提起や表現が似てしまう場合も少なからずあります。そこでまず『作家が茨城という地域で固有の活動をするとはどういうことなのか?』について考えていきます。作家が滞在中に作ったものや後に完成した作品が美術館や芸術祭などで展示されるようになった時、つまり制作の場から完成したものが見せられる場に移行動する過程で、作品が変わっていくことも多々あります。様々な場所に作品/作家が移動する時代に私たちは生きているという前提を共有したうえで、ある地域に特化する、固有なものを生み出すというのはどういうことなのか、ゲストとレジデントアーティストに加え、現場のコーディネーターの声も聞きつつ進めていきます。」

飯田さんの今回のトークに至った背景をご説明いただいたあと、質問が始まります。
「今日のOSで見ていただいたもの=作品とは呼ばない、アーティストが考える思考のプロセスをみせるというのは馴染みがないと思いますか? OSの期間に思考を見る機会はなかなかないと思いますが...」
との問いに対し、星野さんは、
「美術館やギャラリーでキュレーターが作品について説明してくれたり、出来上がった展示や作品について作家と話すことはそれなりにあるが、確かにスタジオで制作のプロセスを見たり聞いたりするのは、考えてみたら普段あまりないこと」と述べられました。
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そして作家のプロセスにつきあうのを仕事にしている小田井さんからは、
「いわゆる出来た作品に対して『こういうストーリーの中でこう作ってきました』と、キュレーターが作品を解説するときとは全く性質が違い、つまりあまり振り返れない。OSの中で作家が『こういうプロジェクトを展開しており今はこうだけどここから変わります』という道の途中にあるものに対して説明することの難しさ、または説明を聞き、それを強調したり瞬時に理解するというのもあまり簡単ではない。制作過程というのはそれが整備されきっておらず、ちらかったままにしておくことが必要であるからなのではという理由もあり、今様々なところで行われている参加型のアートプロジェクトもそうかもしれないが、過程を聞く機会はAIRの現場の他では少ないのではないか」
とその希少性について意見が出ます。

飯田さんはそれを受けて、まさに近年の芸術祭における参加型作品の増加傾向について話します。
「できた作品を鑑賞するだけでなくプロセスを見たい、プロセスに参加したい、という思いが鑑賞者の立場にいる人のなかにもかなりあり、それに応えるには芸術祭を主催する側、行政や自治体はどうしたら良いのか。作品を作るプロセスにどうやって人が関わるかの仕組み作りにやっきになりかねない、と。そこで何が起こるかというとーーある芸術祭にある作家が招待され、Aという場所だけに存在する特別な作品を作ってAの地域に住む人がハッピーになる、その場に特化したものを作る。その後同じ作家がBという場所の芸術祭に参加して主催者から同様のリクエストを受け、違う作品を作ったはずが参加する為の仕組みは一緒で、関わる地域の人々や使う素材が変わっただけーーつまり実はAでもBでも同じことをしているのではないか?

更に、ひと昔前の90年代までは、枠組みが同じで中の人間と素材が変わっているだけという指摘はAもBも見ている専門家しか気づかないようなことだったが、昨今のように旅行に行く感覚でかなりの数の人が芸術祭に出かけるようになっている現状がある。また、往々にしてまちなかや屋外に作品があるため、多くの人が出合うつもりがなくても作品と出合ってしまうんですね。もう『専門家だけの少数意見』では済まされなくなっているうえ、『参加する』ことが人のモチベーションや欲望としてある時には、作家は期待に応えようとして結果的にいたる所で作ってしまう。こうしたことは色々な問題をはらんでいるのでは」と。
そこで参加の仕方について例を挙げていただき、どうして似てしまうのか?また参加型プロジェクトについてどんな印象があるか?という問いを星野さんに投げかけます。
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(*ARTiTのウェブサイトで連載されていた、星野さんと田中功起さんの往復書簡が例に挙がりました。具体的には「参加」にまつわる話でしたが、鑑賞者が作品に参加するか否かを問われる場合、その問いが投げかけられた時点で、参加を断る行為さえも「参加すること」に能動的に関与している(既に巻き込まれている)のではなかろうか、という話題でした。)

星野さんからはその問いかけに、
「一般のオーディエンス(観衆)が参加する状況を作家がプロジェクトとして設定する場合、いわゆる『強い枠組み』と、作家の主体性をあまり強く設定せずに、プロジェクトを通じて作家が変容していくような『弱い枠組み』がある。『参加型』の作品がどうして似てしまうのかといえば、『参加』を目的化すると、その方法上のバリエーションは当然限られてしまうから。もちろんそれぞれ個別的な違いはあれど、『これは参加型ですよ』と言って観衆の参加を前提としたロジックを立ち上げた時に、そこで取れる選択肢は限られてしまう」と答えます。

飯田さんは、
「参加が目的化するということについて、そこで出来上がる作品はどうなるのか? 参加し、それが達成されたらそれは作品としても完成されたものと考えられるのだろうか」と問います。
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星野さんによれば、国際芸術祭を行政が主導していく場合、当然どんな効果をもたらしたかがひとつのミッションになるわけで、これだけの成果(参加)があった、ということがひとつの基準として抽出される。以前、Nadegata Instant Partyの山城大督さんに聞いたことだが、彼らが水戸で行なった映画を作るというプロジェクトはきわめて強い動員力を持つもので、実際にすごく沢山の人が参加してくれたという。それはそれで一つの大きな成果である一方、仮にそれが自己目的化していくと、作品としてのジャッジが二次的なものになり、「これだけの参加があった」という行政的な価値基準による成功/失敗の基準が優先視されかねない。そのため、そこではつねに「美術作品としてどうなのか?」という価値基準を担保しておく必要がある、と。

(補足*「アーティストとの関わりから生まれるもの」の例として、星野さんからは、映画を作ることで多くの方々が参加するというプロセスを作品にしたNadegata Instant Partyの例もあげられました。アーカススタジオでも、2007年度に「フィクションドキュメンタリー映画」を中心とした展覧会「Parallel School/パラレルスクール」があります。)

美術作品としてのクライテリア(判断基準)が置き去りにされているという問題について。一方で行政的な評価基準では数字というが、数字以外にも地域に関わる成果や効果はあるのでは、と。その地域に住む作家に違う刺激がもたらされ、そこの作家が作るものが(良かれ悪しかれ)徐々に変わっていく可能性、そういう成果も数ではない大事な部分であり、地域の芸術文化に影響を与えていくことはあると思う、と飯田さんからも同様に意見が述べられます。小田井さんにも同じく問います。

小田井さんは、「それを次第に心待ちにするような、開催地域に何か変化がもたらされていくことに何らかの希望をもっている感じだ」と続けます。
「星野さんが話していたような作品の選択や成立するところで物理的に第三者が関わる参加型と、アーカスみたいにある特定の地域にアーカスプロジェクトという事業が投下されるというところで二次的に関わることとは、また別の種類の『参加』の仕方なのではないか。一つの開催地域に文化事業が投下されるということは、実は開催地域全体が参加をするように設計されていくような意図があるような気がする。
実際に一緒に作りました、とか制作で例えばインタビューの相手になりましたとか、第三者が素材的にもなりながら作品やプロジェクトや作家の実験に関わるのとは別に、地域の中で変化が起こるとしたら、飯田さんも仰っていたように、似たような創造的活動をしている人たちにも何らかの影響を確実に与えるのでは。そしてシンプルに、自分の住んでいるエリアに何かが起こっていることを知ったら、知らない前には戻れない。知ってしまったことで恐らく何かの影響は必ずあり、受けた影響がどう反応で出てくるのか、を拾っていきたいとは思っている。」
とそれぞれに3人ともそのことの起こりによる影響について言及されました。

更に
「アーカスの場合は、守谷というひとつの地域から、この場所で22年間AIR事業が投下され続けてきて、バスケ部が作家の作品で被写体になったり(※1996年度招聘/シャロン・ロックハートの《GOSHOGAOKA》に出演したバスケ部の中学生。世界中で上映されている。)、この傍らで育った中から今こうやってコーディネーターになってしまった人もいたり。札幌での影響は、同じ世代の若い作家たちが同じようによそのレジデンスに行き始め、作家がやって来るという動きが一つの活動モデルとして地元の作家たちに影響があらわれていることを反応として把握している。でもそれ以外の反応は今のところまだわかっていないが、何か起こっているのだろうと観察はしているし、これから見ていきたいと思っている」
と小田井さんから様々な影響の例が挙げられました。

それに対し、飯田さんが新たに問います。
「では地域としての参加も考慮して、作家や観客が個人で参加するだけでなく、地域としての関わりが今のAIRや芸術祭の現場にはあるとすると、たとえ作品形態が似ていようが、同じコンセプトでいろいろな地域で展開していようが、その波及効果は地域が違うものである以上、違う結果が自ずと出てくるだろうとも考えられるのでしょうか」と問いかけます。

「美術作品としてのクライテリア(判断基準)だけで作品を観ることや体験することが出来るグループは意外に小さいが、参加する、或いは、あるという事を知る体験はとても分母が大きい。それだけの違いのような気もするし、恐らくどこに向けてやっているかという対象の違いによって評価の指標や視点が作られていくのではないか」
と、小田井さんは答えます。
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これらの意見から、
「地域として参加して波及効果を得るには、かなりの年月が必要で長期戦でないといけないのでは。アーカスプロジェクトは22年マラソン的に継続しているが、他の新しいAIRのスペースでは長期的な視野で続けられている所はあるのでしょうか?」
と飯田さんから他の事例について質問が続きます。

小田井さんの解説では、公的な機関ではアーカスは日本では一番古く、プレ事業の2、3年後、地方自治体を中心に公的な機関でのAIRが増え、それでも続いているのは何カ所かあり、拠点や施設ありきで続いている例としては、山口県の秋吉台国際芸術村や青森市のACAC(国際芸術センター青森)などが紹介されました。長く続いている理由は施設を同時に作った、事業をする為にAIR施設を作った、または市民活動もできる文化複合施設を作りました、という理由からで、ハードがついてくると事業として中断するのは難しく、状況が厳しい中でも続くパターンがある、とも。

その説明に対し、飯田さんは続けます。そこには市民活動も求められるのか、作家が滞在し展示するだけでなくその地域の市民も施設を使って活動することの包含性について。

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「秋吉台と青森についてはそれぞれ違いますが、秋吉台はAIRができ招聘期間外は一般市民が使えるホールがあったり、滞在場所や研修室などがあり複合的な文化施設を作っているが、青森の場合はAIRの為だけの施設として展覧会のできるギャラリースペースと一緒にある。それらとも成り立ちが異なる守谷のアーカスは、(茨城県南地域における)芸術家村構想の方が先だったことに話が及びます。もっと大規模な公共事業として捉えられ地元の作家も外からも作家を呼び込む、創造的活動の集積を創る都市を作ろうとした、その大規模な構想が現実的には遊休施設を再活用という形となり、現在に至っている。」と解説されます。

(※補足:人口減少で校舎が廃校になったのではなく90年代初頭に児童増加により別途新校舎を開校する一方で、収容しきれなくなった元・大井沢小学校を有効活用すべく、アーカススタジオが拠点として構えたのが最初です。廃校利用、という昨今の響きのそれとは異なります。1995年に「もりや学びの里」として公共施設になる前に既にアーカススタジオがあった、ということも付記します)
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それをふまえて、市民活動の場としても始まっているAIRの場合、作家不在時も市民活動も含む場所である、その延長線上だとすると市民が作家の活動に参加するということは、自然の流れのようにも見えるある種のインキュベーションのようなものか問われます。
飯田さんの質問から小田井さんは答えます。

「ここは、生涯学習施設(サークル活動)利用の市民と、レジデンス招聘作家のための滞在活動拠点とが共有しているが、長い年月の大半、最初の10年間くらいは同じ建物の中で一般市民とアーカスの作家がシェアしている、というだけでお互いに関心は薄くお互いが何をしているかわからなかったのが実態だった公共施設。ここに来て生涯学習センターとして利用している市民と招聘作家との交流を意識的に始めたのは、遠藤水城さん ※(3代目ディレクター)の頃ですね。」
小田井さんに解説していただいた通り、この場に関してだけでも、振り返るとそのような歴史があるわけです。


前半で話題となった「関わり」という点では、
・美術作品の制作の成立するところで他者が関わるプロジェクト
・アーカスのように立地的に存在し(プロセスにおいて)地元と関わるプロジェクト
などがあります。地域に投下されるそういった事業を知ってしまうと、様々な変化や影響が相互に起こり得ます。作家が動くように、関わった人も動きだすようになってきているのではないでしょうか。

無形化されたアクションや行動自体が作品化しているタイプの作風も増えている中で、それがAIRや展覧会、芸術祭と結びつく理由のひとつになっているのならば、
参加を積極的によびかけたり、参加しやすいしかけを作ったりする必要性はあるのでしょうか?
実際の人ではなく、形のないもの(地域)が参加すること、活動に関わることを認めつつ、例えば発表される作品形態が物質として彫刻のような形が実在しない作品の場合、
無形化としてパフォーマンス化・演劇化されていくと、地域(の人々)は参加しやすいのでしょうか?そんな現象は起こりえるのでしょうか?
たくさんの人が関与できること、もしくは「参加する」こと「参加をよびかけること」について話題を深めます。




ディスカッションは続きます。


(写真:加藤甫 ※最末尾を除く)
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# by arcus4moriya | 2015-11-15 15:58 | AIR | Comments(0)
11/14スタジオツアー/Guided Tour by Coodinators
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皆さん、こんにちは。藤本です。
今年のOPEN STUDIOSでは予約制のスタジオツアーを実施しました。キッズツアーが子どものためのもので、このスタジオツアーは大人のためのスタジオ鑑賞ツアーです。時間は16:00-17:00。来場者の入りが少し落ち着いた頃に始まります。この日は2組のご家族が参加してくださいました。
Hello, Yumiko is writing.
We organized the Guided Tour during OPEN STUDIOS in this year. The participants of Guided Tour for Kids were kids of course, but this tour was for adult. The time we planned was 4-5pm when the small number of visitors we had. We welcomed two pairs of family as the participants today.


まずは、エドゥアルド[南アフリカ]のスタジオからスタート。
We started from Eduardo's studio.
まず自由にスタジオ内を鑑賞してもらいます。
First of all, we let the participants see around the studio as the way they wanted.
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大人向けの内容なので、3歳のお子様には難しかったことでしょう。
I guess it was difficult for three-year-old child because the content was for adults.

以下、ゲストキュレーターの飯田志保子氏のコメントでアーティストの制作を紹介させていただきます。
Please let me introduce his artwork by quoting our guest curator's comment as following.
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南アフリカ出身で現在ベルギーを拠点に活動するカシューシュは、これまでも異文化の流入や他者との出会いが人の心理、言語、無意識的な身体の振る舞いにどのような影響を及ぼすか、映像やパフォーマンスを用いて考察してきた。来日前からカシューシュは日本とブラジルの関係に関心を寄せていたが、茨城県常総市にあるブラジル人学校の先生との出会いから、その15-16歳の生徒と取手市の高校に通う日本人の学生を通じた、異文化間の相互関係を探求する方向へと活動を進展させてきた。11月22日に行われるパフォーマンスで両校の生徒が出会う前に、カシューシュは各校の生徒に対して別々に複数回行わたってワークショップを行った。それは彼がダッチ・アート・インスティテュートの修了制作で自ら行ったレクチャー・パフォーマンス《私はつかむ、歩く、倒れる(I’m holding, walking, falling) 》(2015)を出発点とし、複数の生徒が関われるように展開したものである。文化背景を異にする他者同士が即興的に共通言語を発案・構築していく行為や、他人の日常的な仕草を注視して抽出することは、今回参加した生徒たちが常陸大宮市の「西の内和紙」を用いて制作したバナーと、それを使ってオープンスタジオ最終日に行われるパフォーマンスに反映される。カシューシュのアーカスでの活動には、相互関係によって発明されるコミュニケーションの即興性と、自分の身体がいかにしてそれを体得し、日常化するかの挑戦が凝縮されている。

飯田 志保子 2015年度ゲストキュレーター
キュレーター/東京藝術大学美術学部先端芸術表現科准教授

Cachucho born in South Africa, currently based in Belgium. His video and performance pieces have dealt with the effects of foreign culture and encounters with others on human psychology, language and unconscious body movements. Cachucho was interested in the relationship between Japan and Brazil even before arriving Japan. But a meeting with a teacher from a Brazilian school in the Japanese city of Joso in Ibaraki inspired him to explore the relationship between different cultures. He approached this by working with 15-16 year-old students from the Brazilian school, and Japanese students from a high school in Toride. Before the students from the two schools meet on the 22nd November for a performance, Cachucho conducted workshops with them in separate groups. For his workshops, Cachucho adapted his lecture performance, I'm holding, walking, falling, produced for his graduation piece at the Dutch Art Institute in 2015, to accommodate multiple students. The shared language created through communal improvisation with people of different cultural backgrounds and the observations of other people's everyday gestures are reflected on banners made with the students, using “Nishi-no-uchi Washi paper” from Hitachi Omiya city, and which will also be used in the performance on the last day of the open studio. Essentially Cachucho's activity at ARCUS Project shows an array of challenges in improvised communication invented through interrelations, and how these are mastered by our bodies and then transformed into everyday matter.

- Shihoko Iida [ Guest Curator 2015 ]
Curator / Associate Professor, Department of InterMedia Art, Faculty of Fine Art, Tokyo University of the Arts

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解説後、彼の制作プロセスをより詳しく知ったことで、新たな視点が生まれます。それとともに改めてスタジオ内をしっかりと鑑賞。穏やかな雰囲気と高い集中力で、さすが大人のツアーといった感じです。
Through my explanation about his work, I expected the participants to have new perspective. They relaxed and focused on seeing around the studio again.
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続いては、ステファニー[英国]のスタジオへ。
Next was Stephanie's studio.
こちらもまずは自由鑑賞タイムです。
Just like we did in Eduardo's place, we took some time for the participants to feel her artwork.

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映像とあわせてテキストを丁寧に読んでみます。活動にまつわるこぼれ話も少し聞きながら。
We read the text at the same time when we watched videos.

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「日本人になる」ためのリサーチを行いたいという興味深い提案をしてきたビックフォード=スミス。まずはドローイングや写真を用いて自分と周囲の人々の外観ならびに内観的な観察を重ねた。そのうえで彼女は、自分と呼応するような立場の日本人として守谷在住か出身の同年代の女性を募集し、瞑想的なワークショップを実施。プライヴェートな部屋のようなセッティングをしたスタジオ空間に参加者を招き入れ、簡単なエクササイズをしながら自分の体の部位や動きに意識を集中するよう促した。そして参加者が互いの動作を模倣し合う時間を共有した後、どこか知らない場所にいる外国人女性の気持ちになることについての問いかけをした。それによって参加者は自意識を外部に投影し、「他者になる」過程を共有した。ビックフォード=スミスがこのワークショップで試みたのは、アイデンティティを形づくる人間の心理作用に揺さぶりをかけることである。自分の内に形成されていくかもしれない日本人のような気持ちとはどのようなものか、彼女はイギリス人としての自我を一時的に潜め、ここ守谷で感情を他者に同化させるプロセスを可視化させることに挑戦している。それは古着に袖を通し、衣服が留めているかもしれない誰かの肌と記憶の痕跡を想像することにも似ているだろう。

飯田 志保子 2015年度ゲストキュレーター

Bickford-Smith made an interesting proposal: to research how to “become Japanese”. She began by observing her own and other people's inner self and appearance, through drawing and photography. She then held meditative workshops with female residents born in, or living in Moriya. These were of her own age - women who she considered as Japanese counterparts to herself. The participants were invited to her studio, set up to imitate a private room. There she encouraged them to focus on their bodies and movements through simple exercises. After an initial phase where the participants imitated each other's movement, she gave them questions about how they could be connected to feelings of a female foreigner who is in an unfamiliar place. Through this process, the participants projected their consciousness about themselves to the outside, and shared the process of “becoming the other”. Bickford-Smith tried through her workshop to shake up the psychological effects that shape people's identity. By temporarily concealing herself as a British and focusing on the feeling of being Japanese, she is trying to visualize the process of assimilating the feeling of the other while in Moriya. The sensation is similar to how we imagine the traces of someone's skin, and the sense that memory might remain in old clothes as we put them on.

- Shihoko Iida [ Guest Curator 2015 ]

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最後は、アンガー[インドネシア]のスタジオです。
The last artist we visited was Angga.
訪ねた頃には、すでに“夜の部”を思わせるライティングに…。
When we visited him, the studio almost showed a lighting for the night part.
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アンガワン・クスノがこのたびスタジオ内に仮設した「Lost and Found and Lost and What Department (LFLW:失くして見つけて失くしてそれからどうなる課)」は、オープンスタジオ期間中の日中だけ開設する架空の施設である。彼が守谷市民に依頼した秘密の質問状に寄せられた匿名の回答、戦争体験についての対面インタヴュー、そして戦後日本の状況や地域史に関する調査を基にしたこの施設は、クスノが滞在中に収集した個人史の集積で出来ている。彼は滞在当初から率直に、戦後から現在に至る日本社会と政治状況の変化や、大きな転換期を経た現代人の問題意識の所在といった、答えるのが難しい大きな問いを周囲に投げかけてきた。根底には、翻って自国インドネシアが抱える植民地時代の空白と戦後の近代史を日本と比較し、グローバルな文脈で相対化して考察しようとするクスノの関心が垣間見える。タイトルの《何を覚えていたか忘れた》は、私たちが「過去をすぐに忘れる」ことに由来している。だがLFLWはそれを批判するのでもジャーナリスティックに提示するのでもなく、クスノの感性と遊び心に彩られた徹頭徹尾フィクショナルな場として、語られなかった記憶を共有するために作られた。そこには歴史の隙間からフィクションを生み出すクスノのアーティスティックな手腕が発揮されている。

飯田 志保子 2015年度ゲストキュレーター

Anggawan Kusno used his studio to create the “Lost and Found and Lost and What Department”. The project is a temporary fictional institution only open in the daytime during the open studios period. The institution presents a number of personal histories accumulating through the residency, making a collection based on anonymous responses to a secret questionnaire that Kusno ask for Moriya residents, face-to-face interviews on war experiences, and research on post-war Japan and local history. Kusno approached people with big and complex questions right from the beginning of the residency. His questions, posed in a frank manner, addressed the transformation of Japanese society and political situation from the post-war era onwards, and the awareness of these issues for people with experience of radical transition periods living today. Behind Kusno's questions, lay an interest in comparing the emptiness of the post-colonial era and post-war modern history of his birth country Indonesia, with Japan, relativized it in a global context. The title of the whole project in this studio, I FORGOT WHAT I REMEMBER stems from Kusno's observations that we tend to easily forget the past. Yet LFLW does not criticize or present these issues as investigative journalism, but sets out to create a space to share unspoken memories, narrating them as fiction full of sensitivity and playfulness. The work demonstrates Kusno's artistic talent for creating fiction based on the gaps found in history.

- Shihoko Iida [ Guest Curator 2015 ]

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アンガーのスタジオでは、ワークショップに参加してもらい、長い時間をかけてじっくりご自身の記憶をたどる作業に。
In Angga's studio, they participated in his workshop reaching back into their memories.
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そして、予想通り…17:00をすっかり過ぎてしまいました。
So, as I expected.. it passed 5pm when the tour was over..

このスタジオツアーを通して、アーティストの活動の面白み、真摯な姿勢、大変さ、多様さ、果てしなさ、などを少しでも感じていただければ幸いです。
今回のツアーのミッションは、「アーティストの活動を通して、世の中の見方が少し広がったり、ねじれたりするような…不思議だけれど豊かな体験を一人でも多くの方と共有する」でした。
いかがでしたでしょうか?
I would be glad if the participants could feel the uniqueness, serious attitude, toughness, diversity of artists' projects which are almost never ending.
The mission of this tour was "sharing the unique experience that artists' activities changed or twisted the perspective to see the world".
How did you feel?



写真:加藤 甫
Photo: Hajime Kato
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# by arcus4moriya | 2015-11-14 16:00 | AIR | Comments(0)
ステファニーのワークショップ/Stephanie's workshop
こんにちは、山崎です。
Hello, Yamasaki is writing.

ステファニーによるワークショップ3つに参加したので、今日はその内容を皆さんにシェアしたいと思います。
a)床に寝転がる、b)ベンチ、c)足スタンプ

It was very inspiring experience for me to participate in three different kinds of workshops held by Stephanie. Please let me share you what the workshops were like and my brief impression.
a)The lying on the floor, b)bench, c)foot print


a)床に寝転がる
参加者は守谷在住の20代女性と私の2人、全部で1.5時間ほどのワークショップでした。
a)The lying on the floor
The participants of this workshop were mid-twenties lady living in Moriya city and me. It took about 1.5hours.

いつも「スタジオにようこそ〜」と快く招待してくれるステフ、もともとは小学校の教室だったはずですが、この日の彼女のスタジオは古い深緑を基調に何だか私がイメージするイギリス人女性のお部屋のように見えました。
"Welcome to my studio!" Steph said. I like the way she always warmly welcomes visitors to her studio. For the workshop 'lying on the floor', her studio reminded me British lady's room with antique dark green color, which changed the atmosphere of the old classroom.

彼女のワークショップは自己紹介の一環としてエクササイズから始まりました。忍者ごっこと鏡ゲームというもの、お互いに関わり合いながら簡単に体を動かし笑ったので、体がほぐれリラックスできました。
For a method to introduce us, Stephanie invited us to take part in two playful exercises; Ninja and mirror movement. I was a bit nervous before the workshop started, but I could relax through the exercise because we moved and laughed while we interacted with each other.

ウォーミングアップの後、スタジオの中をそれぞれのペース、感覚で歩き回りました。歩き方に集中し、自分自身として個として歩くことと、他人として歩くことの違いを感じるように指示がありました。そして他の参加者の歩き方を観察し、彼らの歩き方を言語ではなく動きを通したコミュニケーションによってコピーしました。
Having warmed up we were asked to walk around the studio whilst thinking how we walk as individuals compared with how it feels to walk like someone different. We were then invited to concentrate on the way the other participants in the workshop were walking, and to copy their walk without communicating through words, only through movement. It was so quiet.
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より親密な空間として設定されている絨毯に移動し、参加者の1人の動きを見て残りの2人で息を合わせて同時に真似しました。ヨガのようでリラックスしつつも集中した雰囲気がありました。

We moved to the carpet, which was a more intimate space, and we concentrated on syncing our movements together. I thought it was like yoga; I was calm and felt comfortable, and concentrated on the other's motion and my motion.
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絨毯に寝転がって目を閉じ、頭の中でスタジオの天井と自分がいつも寝ている部屋の天井を繋げます。参加者2人はヨーロッパに長期滞在の経験がありますが、ステフからヨーロッパで生活していた時の部屋の天井を思い出せるか聞かれました。「もしあなたがイギリス人だったら?」

We laid on the floor and closed our eyes. We tried to remember the texture and the color of the ceiling of the studio first, and connect it to the ceiling of our room we usually sleep. Both participant had experienced living in Europe for more than one year, and Steph asked us if we still could remember the ceiling of our room when we stayed in abroad, and she continued "if you were British people?"
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その後、寝たままの姿勢で録音の音声を聞きました。雑音から始まり、ラジオかテレビのニュースの音声、誰かが廊下を歩き回る音、シャワー、女性の鼻歌、ドライヤー… そこで使われていた言語は知らない外国語でしたが、恐らくヨーロッパで女性として朝目覚めて、朝の習慣をこなす様子を自分のことのように体感しました。このワークショップの後に、音声はステフのドイツ在住のイギリス人のお友達が朝録音したものだったと、種明かししてくれました。
And then, we listened to the recorded sound while we kept the same physical stance. The sound started from loud noise, and we heard the reporter said something on TV or radio program in another room(?), and someone was walking on the corridor, the sound of shower and splashing water, humming with female voice and hair dryer... I did not understand the language but I imagined I woke up as European woman, and did my morning routine in my small flat in England. After this exercise we talked about the similarities and differences of the lady from the audio and ourselves. It was interesting how we managed to relate to the lady differently. After Stephanie told us this sound was recorded by her English friend who lives Germany.

b)ベンチ
守谷学びの里の校庭にあるベンチにただ2,3分座っているようにお願いされました。広く静かで誰もいない校庭に1人で座り、時間が来るのを待ちます。
b)Bench
Steph asked me to sit on the bench on schoolyard for a while. I was just in wide and silence place alone thinking about random stuff.

ステファニー「私と同世代の人々3人がベンチに座っている様子を撮影し、彼らの動きを研究し、そしてその過程を得て3人の女性が考えていることや感情をリアルに理解しようとしました。3人の日本人女性が何を考えているのか想像し彼らに寄り添うことによって、もし私が日本人だったら何を思うか、模索するためです。
"I filmed three people around my age sitting on the bench, I studied their movements, and then through a process of reenactment tried to get closer to emotionally understanding what the three ladies were thinking. This was an exercise I created to try and explore how I may think if I were Japanese, by trying to imagine what three different Japanse ladies were thinking as a way to navigate myself alongside them." By Stephanie
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c)足スタンプ
事務作業中に急にステフに呼ばれ、一緒に足の裏に黒の水彩絵の具を塗りたくり、縦長の模造紙の上を歩きました。その様子をステフの恋人ベンが動画に収めています。
c)Foot print
She suddenly invited me to her studio in one evening. Her boyfriend Ben filmed us drawing with our feets, how fun!
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ただ歩くだけではなく、「ゆっくり」「駆け抜けるように」「内股で」「がに股で」「小股で」「大股で」「人生に疲れてもう1歩も踏み出したくないけれど、それでも渋々1歩1歩落ち込みながら歩く」など、多様な感情と歩き方が影響し合っていることを意識しながら足跡を残していきました。真っ黒になってベタベタ歩くのは、幼稚園生の頃に戻ったようで純粋に楽しかったです…

We walked in very different ways whilst making footprints on a piece of paper. We walked "slowly", "as running", "with toes turned in", "with big steps", "as if you are too tired to make a step forward, but you have to walk step by step with feeling depressed", etc. We focussed on engaging with different emotions and how that would alter the way that we walked.
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私が参加したものはたった3つだけでしたが、ステファニーは様々なワークショップや社会的実験に守谷の地元の人々と交流しながら楽しそうに取り組んでいます。彼女の気さくで親しみやすい人柄と鋭い観察力、感性があってこそ成せているのかなと個人的に感じています。これらがどのような制作プロセスの形で可視化されるのか今後とても楽しみです。

I took part in three of Stephanie's workshops, however, she has organized many other workshops and social experiments as well through interaction with local people. I personally think that her lovely and easy-going personality has encouraged people to open their mind to her. I am excited to see how her sense of observation and humor will be visualized to her art-working process.
Thank you very much Steph for letting me to join your entertaining workshops.
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# by arcus4moriya | 2015-11-12 12:15 | AIR | Comments(0)
11/10アンガーの制作過程:LFLW(失くして見つけて失くしてそれからどうなる課)とは?/Angga's LFLW
皆さん、こんにちは。どうも藤本です。
今回はアンガーが、来たるオープンスタジオで公開予定の
Lost and Found and Lost and What Department
(失くして見つけて失くしてそれからどうなる課:LFLW)」についてご紹介いたします。
Hello people. Fujimoto is writing.
Today I would like to introduce Angaa's project 'Lost and Found and Lost and What Department' that will be shown in open studio soon.

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LOST AND FOUND AND LOST AND WHAT DEPARTMENT(失くして見つけて失くしてそれからどうなる課:以下LFLW)はティモテウス・アンガワン・クスノ(アーカスプロジェクト2015年度招へいアーティスト)によって設立された架空の施設です。人々の記憶や物語、隠された(秘密の)質問などを集めるための機関です。
LFLWでは、ポストカードや手紙、インタビューを通して物語を集めています。それらはアーカスプロジェクトのアーティスト・イン・レジデンスプログラムにおけるオープンスタジオが開催される8日間に、一般公開されます。
(11月14日-22日※16日を除く)
LOST AND FOUND AND LOST AND WHAT DEPARTMENT(LFLW) is fictional institution organized by Timoteus Anggawan Kusno (the residence artist of ARCUS project 2015). It is the department to collect memory, story and hidden (secret) question.
He has collected the story through postcard, letter and interview in LFLW. You can see his collection during 'open studio' that is one of the artist in residence program in ARCUS.
(14th-22nd of November ※16th is closed)

歴史や時事問題、これからの社会に対して想像しうる全てのことと関係するあらゆる記憶、質問、物語を共有してみませんか。匿名での参加も可能です。
Why don't you share your memory, question and story concerning to everything about our imaginary society of the future? It is possible to join in anonymity.

フォゲッティング&リメンバリング クラブ (昼の部)
公開時間:13:00 -16:00
11月14日-22日(※16日を除く)
参加者はスタジオで用意している材料を使って自身の物語を共有することができます。
団体でのご参加については、事前にアーカススタジオまでご連絡ください。日程を調整させていただきます。
Forgetting and remembering club (in the afternoon)
Time: 1-4pm
14th-22nd of November (※16th is closed)
You can share your own story with some tools in his studio.
If you would like to join this club as party, please contact us beforehand, so that we can arrange the date and time.

ロスト アンド ファウンド&ロスト アンド カラオケクラブ (夜の部)
公開時間:17:30 -19:00
11月14日-22日(※16日を除く)
スペシャルパフォーマンスの後にカラオケステージを開放します。どなたでもステージで歌う事ができます。詳細は追ってお知らせします。
※スペシャルパフォーマンスのスケジュールについてはスタジオ前の案内板をご覧ください。
LOST AND FOUND AND LOST AND Karaoke club (at night)
Time: 5:30-7pm
14th-22nd of November (※16th is closed)
After special performance, he is going to held karaoke club. Anyone can sing song on the stage. We are going to announce the detailed information later.
※Please check out the panel in front of the studio to get the information of the special performance.


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写真は夜のスタジオで編集中のアンガー(お疲れモード)。
何だかライティングが日中と明らかに違います…。
乞うご期待!
I took this photo when Angga was editing in his studio at night. (He looked tired.)
The light he uses for his studio at night changes the atmosphere of his studio.
Come and check it out!

皆様のお越しとご参加をお待ちしております。どなたでもご参加いただけます。
We are looking forward to seeing you in the club. Anyone can take part in.
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# by arcus4moriya | 2015-11-10 17:22 | AIR | Comments(0)


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