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「上映+その他のアクション」大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。:後日考【当日編】
ーあの2時間半そのものが映像体験だったといえるだろうか。

「上映+その他のアクション」〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。を実施【日時】2月27日(土) 16:30-19:00 【来場者】38人)


2/27[土](イベント当日)
イベント前日からが大木さんにとって本番だったということだが、公には本日16:30からが「上映+その他のアクション」当日。イベントの2時間半の進行については具体的にはわかり得ず、抽象的にだけ共有している状況でこの日を迎えています。
申し遅れました。どうも、藤本です。
(※写真はイベント当日に撮影されたものをランダムに掲載しています。)
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大木さんは朝4:30頃から動き始めていたらしい。撮影もしていたようだ。朝の景色がとても美しかったと言っていた。
12:00頃、「映像をどこかで見返したい」ということだったのでアーカススタジオからバーミヤンに車で送って行き、約1時間半後、「何か書きたいから大きめの紙を持って来て欲しい」という電話がかかってき、向かう。到着し、喫煙席へ。この時点でイベント開始まで3時間ほど。
大木さんのノートにはびっしりとこれまでの出来事を整理したであろう文章が日付ごとに書かれていた。(ワークショップを始めた昨年のことから、おそらく時系列に)
喫煙席周辺の空間に緊張感が流れていたが、
横の席では、アジアのどこかの国の家族連れが仲良く昼食をとっていた。
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その後、私自身が今後の「妙※」をどう考えているかと聞かれ、来年度ともっとその先の話をした。アーカスプロジェクトの職員として言えることと、私個人として言えることにギャップがある。
※ワークショップ名としては「大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。」だが、そこから生まれる映像作品を大木さんは「妙」と呼んでいる。

大木さんが映像を制作するということは、例えば10年、それ以上の歳月をかけてそこの場所や人と付き合っていくことになるかもしれない。これまでそういった作品をいくつか観てきていた。そうなのだ。
一方アーカスプロジェクトは単年度事業である。

バーミヤンを出て戻ることに。私はイベント開始を控えて、一刻も早くアーカススタジオに帰りたい気持ちだったが、大木さんが昨日歩いて気になったエリアに向かうことになった。「まだ、なかなか守谷を立体として掴みきれていないように感じる」という話だった。それは、実のところ私もだ。
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そこから徐々にアーカススタジオに近づき、前日大木さんが宿泊したビジネス旅館吉春の周辺にも行った。(ここの住所が茨城県守谷市大木670なのだ。)その後スタジオの周りのエリアも車でゆっくり回ってみる。何てのどかなのだろう!自分の知らない少し遠い街に来たような気分だった。この後にイベントを控えているなんて信じられない。

畑と民家に囲まれた「ロール海岸」というロールケーキ屋に辿り着く。“海岸”的な景色も要素も一切ない。車から降りると、春を感じさせる爽やかな風が吹いていた。大木さんは所持金1000円強という状況で、スタジオへのお土産にロールケーキ(900円)を購入。思い返せば、大木さんは消費活動に関心があるという話をしていたし、ワークショップの際も地の物などをよく買っていた。そういえばアーカススタジオへのお土産もしょっちゅう買って来てくれた。
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先程までの焦燥感は春の空気に溶け出して、代わりに驚くほどの平安が心を満たしていた。爽やかな風のせいか、ここの磁場のせいか…吹っ切れたような気分で、とにかくものすごく気持ちが良い。

イベント開始まで1時間半。

スタジオに到着。その後、間もなくゲストの前田真二郎さん[映像作家/情報科学芸術大学院大学(IAMAS) 教授]も到着。参加者の西尾夫妻、河合さんと徐々に役者が揃ってきた。
大木さんが「あとは野となれ 山となれ」と会場の黒板に書いたことでなぜか私は少しだけ安心し、その後「Acne Studios ※」と書いたことに、少しまた不安になった。(※スウェーデンのファッションブランド。藤本が好きなブランドである。)
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16:35
バスから降りて来る来場者を待ってイベントが始まり、まず、大木さんから本企画の簡単な説明。
加えて、3月12日の重力波初観測のニュース。
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山本薩夫の「箱根風雲録」(昭和27年)の上映から始まった。映画の冒頭部分を流しながら、カットについての話。2つの映像が繋がる瞬間には、場所と時間軸が突然変わり、鑑賞者はその間に起こったであろう出来事を推測することになる。
映っている部分だけでなく、映っていない部分への考察とその扱い方について。
(ここの丁寧さが大木作品の特徴を作り出していると思う。不可視である“映っていない”部分が、映像作品の出来に影響するということは、つまり、“映っていない”部分が“映っている”部分の質に反映されているということになる。大木さんの果てしない日常的妙の積み重ねも、不可視であっても、こういった現象に近い形で作品に影響を与えているように思う。)
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その後は、映像制作の実際的な話。
東京大学工学部建築学科在学中の80年代より映像制作を始め、30年以上も映像制作に取り組んでいることになるのだが、その間に起こった出来事として、「メディアの変化」がある。フィルムからミニDVへ。そしてHDへ。

記憶と記録にまつわる話。そのなかで象徴的だなと感じた話がある。
会場に差し込む西日がお客さん1人にだけ当たっている光景、これなんかは言葉にしなければ忘れてしまうだろうけど、これだって重要な出来事かもしれない。でも再び思い出すようなことがあるだろうか。にもかかわらず、自分はこの光景を撮影していない。という話。
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ここ守谷で大木さんが捉えていた守谷にしかない磁場。
それに映像を介してどう向き合うか。ここからは、これまでのワークショップで撮影した未編集の映像を部分的に流しながら、大木さんがその時、その時でコメントを加えてゆきながら参加者にも話を振っていく。
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藤本から大木さんへの投げかけ:
今回の企画の特徴として、これまでの大木さんの制作にはなかった「予め設定された諸条件」があると思う。大木さんがこれまで会った事のない参加者が4組程度、面接兼顔合わせの機会を経て、1回目のワークショップは各参加者とのマンツーマン。参加者が提案する時間・場所・ルートを大木さんが受け入れつつ、はみ出しつつ守谷周辺地域を体験する。それ以降は全員集まってのディスカッションもあり、たまたま集まれた参加者とその場の流れとインスピレーションで時を過ごすこともあり、参加者がいない場合もあり。そんな多様なシチュエーションで守谷という地域を、またはそれを取り巻く茨城県内を捉え続けた大木さんだが…云々。
映像撮影に関していうと、1人の時にアーテストとしての視点のみに基づいて撮影するシーンと、ワークショップ中に参加者との関係を意識&構築しながらする撮影に何か違いがあるか?
そして、活動全体を通して人間関係についてはどう感じたか?
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大木さんからは、人間関係については、参加者のみんなと人間関係が築けたかというとそれはちょっと違うものだと思う。いわゆる人間関係というのとは。という返し。その他。
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大木さんから参加者アメ子への投げかけ:
どのシーンを思い出す、もしくはこれまで思い出してきたか?
(※参加者はこれまでに撮影された映像をほとんどみていない。)
アメ子:
守谷ハーフマラソン
マック(マクドナルドで見たヤンキーのカップル)
だるま(稲戸井神社のお祭りで売られていた@夜)

(それと大木さんが撮影したもののズレ。大木さんはだるまは撮影していなかった。)
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アメ子:
(その日朝から晩まで10時間近くを一緒に過ごしたにもかかわらず)大木さんとの1回目のワークショップは夢の中の出来事のようだった。大木さんと別れた後、その日に起こった出来事が現実のこととは思えないような。今、こうやって話を聞いていてもそれとちょっと似たような感覚がある。
起きた時に夢をだいたい忘れてしまう、というのに似ている。
確かに、出来事を思い出す時に記憶が書き換えられるということはあるように思う。
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参加者西尾さん:
(アメ子の意見に賛同しつつ)大木さんが思った以上に映像を撮影しないなぁと。時々カメラを回して、すぐ止める、というような感じで、想像と大きく違っていて…大木さんが撮影しようと思う決め手は何なのか。
大木さんの答えとしては、たくさん撮ってもその後処理できる量には限りがある。撮影した映像と10年、20年と付き合っていくからには。
あと、タイミングを説明するのは非常に難しい。とっても微妙なものなのよ。〜〜
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京介さん(1回だけ参加):
その場での出来事における感情の動きや集中の度合いと、撮影するという行為の関係性は?その2つはどう繋がっているか。
そう質問する京介さんを撮影し始める大木さん。撮影に集中したせいで、京介さんの質問が頭に入ってこなかったようで、もう一度聞き直す。
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そういえば、その前にも一度話しながら突然撮影してもいました。
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一旦、10分休憩を入れて、その間に大木さんはゲストの前田真二郎さんとともに後半戦残りをどう進行してゆくかを話し合う。
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大木作品の参考として、前田さんが監修するレーベル、SOL CHORD からリリースしている「松前君の兄弟の神殿の形 1’」(62分, 2006年)を上映したかったが、時間の制限もあるので、
今回は短く編集したもの、「松前君の兄弟の神殿の形 1+」(17分,2006年)を上映する予定を立てていた。しかし、それほども時間が残されておらず、最後に質疑応答の時間もきちんと確保しようということもあり、前田さんの咄嗟の提案で「松前君の兄弟の神殿の形 1’」(62分, 2006年)の冒頭部分だけを上映することになった。
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再開。短い上映となってしまったが…前田さんによる、作品の真髄を十分に理解している人にしかできない映像停止ポイントに感服。映像をつくる者同士、20年来の付き合いはさすがです。停止してから「うん。本当にいい作品ですね。」と小声でコメントしていたのも印象的だった。

大木さんから前田さんにフリがあり、このタイミングで前田さんから、ご自身と大木さんの関係の紹介をしつつ大木作品の特徴の説明があった。これまでに大木作品を鑑賞したことのない来場者にとって、前半は色んな意味で謎めいた部分を抱えながらのトークだったであろうものが(それはそれで面白いかもしれないが。)少し方向を変え、ある程度の理解を伴った大木さん像を立ち上がらせたのではないかと思う。
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その後、質疑応答。
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藤本、まとめを振られる:
「妙」が今後どのように展開していくのか現時点では詳細をお伝えできない。しかし映像作品としては未完であるし、これまでのワークショップと本日起こった出来事、会場で時間を共にした人々に投げかけられた(ふりまかれた)ある種の責任、大木さんに出会ってしまった人々の今後のことなどを丁寧に拾っていけるよう努めなくてはならないし、可能性を最大限に信じたい。
何が「妙」を成り立たせており、何をもって「妙」とし、それを踏まえてどう継続していくのかについては…守谷・茨城という磁場なのか、参加者の方々に依るものなのか、アーカスプロジェクトのプログラムとしてなのか。これらは今考えてもわからない場合、状況にあわせてとにかく参加者(関わった人々)と大木さんの関係から見えてくるものを見逃さず…受け入れていくことだと感じる。

終了…?
拍手。交流。コーヒー。片付けしつつ。
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芸術という行為が何かしらの責任を果たすとしたら、それは本当に大変なことだ。それが、例えば…ひょんなことから芸術活動に参加してくれた1人の人生をずっと見つめる行為なのか、自身で捉えた記録(映像)に果てしなく付き合い続けることなのか。
いずれにしても気の遠くなるような話だが、そういうことをする。

この機会を通して大木裕之というアーティストの眼差しから、私が学んだ覚悟はそういったことだった。その覚悟には、関わった人々に対する責任も潜在的に含まれているかもしれない。
(その責任をアーティストやオーガナイザーではなく、ひょっとしたら参加した人だって感じているかもしれない。)
考えるだけではその方向性を導き出すのは難しく、実践によってしか接近できない課題なのだと思い知った。


後日考:【前日まで編】はこちら

今回のアンケートで、たくさんの興味深いご感想をいただき、誠にありがとうございました。
全てここで紹介したいくらいの存在感を放っておりました。


[Photo:加藤甫]
ーーーーーーーーーー
※これまでのワークショップの様子はこちらからご覧いただけます。
2014年度 第1回
2014年度 第2回
2014年度 第3回
2015年度 第1回
2015年度 第2回
2015年度 第3回&4回
2015年度 番外編
2015年度 第5回
      




                                                                                                                                                                                                                  
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by arcus4moriya | 2016-03-30 15:30 | 地域とアート | Comments(0)
Information of Great East Japan Earthquake (March 1st, 2016)
These are information about Great East Japan Earthquake on the internet as reference data. Please refer to them.


▶Japan Atomic industrial Forum_English
Daily updates on nuclear power station in Fukushima

■Nuclear Power Plants in Japan
(2011)
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(2015)
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※Sendai Nuclear Power Plant (Kyushu / Kagoshima prefecture) was restarted on August 11, 2015, and began providing power to nearby towns again. Sendai is the first of Japan's nuclear power plants to be restarted.
※Also Takahama-4 Nuclear Power Plant (Fukui prefecture) was restarted on February 26, 2016.

'Information on the Great East Japan Earthquake' by Ministry of
Economy, Trade and Industry


Reading of environmental radioactivity level
by Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology(MEXT)


Nuclear Regulation Authority_English

IAEA: International Atomic Energy Agency_English


■The distance from FUKUSHIMA Nuclear Power Plants to IBARAKI, ARCUS
Studio in Moriya city
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Emergency & Disaster (IBARAKI Prefectural Government)

AIST: Advanced Industrial Science and Technology_ the south part in IBARAKI

Emergency support desk for foreign residents in Ibaraki:

Moriya City

National Institute of Radiological Science

Consumer Affairs Agency, Government of Japan (inspection of
agricultural products)


ICRP: International Commission on Radiological Protection

Information on Radioactivity Level ( Air ports and ports)


【Report and Media】

The radiodensity in Japan_graphic data_Japanese

IBARAKI

Water in IBARAKI_japanese

Science Media Centre of Japan

Citizen's Nuclear Information Center_incl:u-stream posting

'GAIJIN Pot'_WEB Magazine for Foreign residents in Japan
The Great East Japan Earthquake issue

Science for a Changing World
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by arcus4moriya | 2016-03-01 02:07 | AIR | Comments(0)
View the feedback of 2015 resident artists!
Timoteus Anggawan Kusno

I hear the river called me; along with the songs of summer bugs; and the bamboo trees were starting to dance as the wind kisses.
The endless blue sky, the swinging dragonfly on the branches, and the blanket of golden rice fields were humbly facing the sunset.
The nights crawled in silence. Moriya introduced herself to me. She was so shy, mysterious but open at the same time.

At the beginning of my residency in ARCUS, I was trying not to be bend too much with my proposal, as well as any worldwide stereotypical images about Japan. I just prepared myself to listen, to watch, to feel, to learn and to be open with all questions—as well as to be ready with no answer. I know, 110 days is a short period to get to know this huge, rich, and complex culture. So I just set my self to experience and to be more sensitive.

I spent my time traveling, meet more people, watching local TVs and go to library; have good time and stories; have good beers and karaoke. As I listen more, my curiosity erupted, and some questions bloomed. The experiences of meeting people were attracted me on ’how do people relate themselves to the past’, ‘how do people forget’, and ‘how do people remember’, in the ideas of (imagined) community. In relation to my methodology and previous practice, I was choosing ‘history’, as well as (collective) memory to became my very first rivers to stream those questions. There the ideas were flowing and the research grows. That was the time where my project “I Forgot What I Remember” started, which now is still running.

As I investigated my research questions, I had been so impressed by the hospitality and openness from the people who work together with me here. ARCUS & the supporters as an institution also had been so amazing. They brought productive & supportive atmosphere, which helped artists grow and gain their confidence on developing their works. Well, being a part of this residency has been a great honor for me as a young artist. It's memorable!

Timoteus' studio:OPEN STUDIOS
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Stephanie Bickford-Smith

ARCUS project had been running for twenty two years by the time of my arrival, with artists coming from twenty nine different countries to this small city called Moriya. There is a reason that ARCUS project is a global coordinate within the Contemporary Art scene and stands as the oldest run artist in residence program in Japan.

Maintaining this cultural magnetism is reliant on the people in the past present and future that play their role in ARCUS project. It is about the artists, the coordinators, the supporters, the locals, professionals in the Japanese Contemporary Art scene and the financial benefactors. It is from the collaboration and commitment of these people that a unique atmosphere is created in the beautiful setting of Japan.

ARCUS project is a matchless introduction into the Japanese Contemporary Art scene. There were frequent opportunities to attend events, exhibitions and talks; to learn about the Japanese art scene, make new contacts and discuss our work. The coordinators at ARCUS provided an immeasurable support, developing my confidence as a contemporary artist in reaching out and working with local people.

ARCUS project’s most important quality for me was in the bonds I made with people that I am sure will play an integral part in my development not only as an artist but also a person. To be able to travel to the other side of the world and enjoy a thorough and fruitful residency is in itself is an amazing experience, but to leave having shared a sense of kinship is something remarkable.

It is challenging to try and encapsulate the 110 days I spent with the ARCUS project into words, it was a place and time with a special and exciting quality- the definition of magical!

Stephanie's studio:OPEN STUDIOS
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Eduardo Cashusho

My stay during the 110 days at ARCUS Project seems now looking back as some kind of rollercoaster experience of Japan and a personal exploration of my personal art practice. Having just finished my masters in fine arts, this time gave a welcome space to bring the studying and experimentation in my practice out to the public.

I would really have to thank the ARCUS staff for being a strong back-bone that I could rely on to visit and contact the people I worked with throughout my project. As well as the generous help and time that all those from the Escola Opcao and Toride Shoyo gave. It would be difficult to sum up all that occurred in the project that I created in ARCUS, but previous blog posts do a good job at chronicling the experience: ( 2nd workshop at Escola Opcao, 1st workshop with Toride Shoyo students, 1st workshop at Escola Opcao part 2, 1st workshop at Escola Opcao part 1 ), additional there is documentation of the final performance on my own website, http://eduardocachucho.com/, and there will also soon me a post of it on the ARCUS blog too.

I have had an incredible time in Moriya and would also like to thank all the ARCUS supporters for making us feel at home in the city.

Eduardo's studio:OPEN STUDIOS

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by arcus4moriya | 2016-03-01 00:00 | AIR | Comments(0)


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