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東京藝術大学大学院 GAP 講義

初めまして、5月よりコーディネーターとして働いている外山有茉(とやまあるま)です。
これからどうぞよろしくお願いします。

5/25に東京藝術大学大学院 美術研究科 グローバルアートプラクティス専攻で藤本がアーカスプロジェクトについてお話する機会をいただきました。
2015年度のアーカスプロジェクト ゲストキュレーターでもあり、現在はグローバルアートプラクティスの指導教員である飯田志保子先生にお誘いいただいたのがきっかけです。
グローバルアートプラクティス(GAP)は、2016年に新設された海外の美術大学と提携を通して、世界で活動できる人材育成を目的とするコースです。
今回は、今秋イギリス ケント州の港町フォークストン (Folkestone) で開催されるフォークストン・トリエンナーレにおいて、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ(CSM)との共同制作が決まっている学生のグループに向けて「Art discovers and changes it, with force?」(アート:発見と変化、そこに潜む暴力性)と題して講義を行いました。
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講義は主に過去のアーカスプロジェクトのレジデントアーティストの中から、様々な原因でプロジェクトがプラン通りには進まなかったアーティストを取り上げつつ、レジデンスという短期間でリサーチ/実践(アーカスプロジェクトでは滞在中に完成作品の展示は求めません)を行わなければいけない場合に、起こりうる出会いと失敗についてでした。
特に興味深いのは、レジデンスという、長いアーティストキャリアにおいて一時期を過ごす場所で、プロジェクトを実践する意義について。たとえ短期間の滞在中にプロジェクトがうまく運ばなくても、その経験がアーティストの今後のキャリアにどのような影響を及ぼしうるのかという視点に立てば、単純にプロジェクト成功可否を判断できないというレジデンスプログラムのオープンエンドな性質です。

ケース1:2009年度招聘 ダニエル・サイプル (Daniel Seiple) / アメリカ / ベルリン在住
・守谷市近隣河川敷でゼロ戦やB29のミニチュアを飛ばしていた2つのラジコンクラブを取材。
・アーティストはそのメンバーと特攻隊についてディスカッションし、教科書に載っていない話や突撃の瞬間を目撃した人の話を聞いた。
・川に浮かべた船の模型にアーティストが用意したラジコンをクラッシュさせるというプランをたてる。
・そのクラッシュやメンバーへのインタビュー映像をオープンスタジオに用意していたが、直前でクラブより公開の中止を求められ、現在日本ではその映像は上映できない。
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(オープンスタジオ展示風景 部分)


ケース2:2012年度招聘 ファザル・リズヴィ (Fazal Lizvi) / パキスタン / カラチ在住
・2011年の東日本大震災直後のレジデンス、その年5月の時点で守谷はホットスポットになってしまった。
・アーティストは応募時のプロポーザル「守谷でのホームステイを経験して制作する」で来日、震災直後の不穏な空気と放射能への不安を感じ取る。
・東京で行われていたFUJIフィルムによる津波被災地の写真アルバムの洗浄活動を見学。
・写真洗浄ワークショップを企画するも市役所の許可がおりず。代わりに破損したアルバムの一部のオブジェクト展示を企画するも、それも却下され、代替案として洗浄に用いる道具一式を未使用の状態(全て白色透明なイメージでそろえることで)で展示。
・東北で回収された写真アルバムの残骸を弔いとして火葬するというパフォーマンスを、オープンスタジオで実施。
・最初の守谷の家庭でホームステイをするプランの時点でメディアの取材がついていたが、アーティストが方向転換をしたことなども関連するのか、放送は中止される。
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ケース3:2011年度招聘 オズギュル・デミルジ (Özgür Demirci) / トルコ / イスタンブール在住
・日本の改造車をリサーチする予定だったが(トルコでは改造車は反体制的なイメージ)、思ったようなデザインの車が見つけられず、暴走族や旧車会へのリサーチに変更。
・ 廃タイヤを使ったプレゼンテーションのビジュアルを友人に見せたところ、その時期にMOMAで展示されていた作品ととても似ている、という指摘を受け、そのビジュアルを断念。
・アーカススタジオが位置するもりや学びの里の入り口を廃タイヤで封鎖するというプランを企画するも公共施設の一部という理由から市役所の許可がおりず。
・屋外の他の場所での展示も考えたが、タイヤの数が足りずスタジオ内でのプレゼンテーションへ。
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3つの事例から読み取れるのは、アーティストが短期滞在で地元の人々(市民・行政)との関係性の中で制作していくと、ときに軋轢が生まれることもあり、用意していたプランから臨機応変に方向転換が求められるということ。
取材に基づいた作品では、アーティストと参加者の相互理解と信頼が肝になること。
社会的にセンシティブなテーマを扱う際には、現在の日本では検閲/自主規制という問題から逃れることはできず、特に公共空間では表現は規制/ルールとの交渉の結果とも言える。

その土地に短期しか滞在しないアーティストはどの程度その場所に干渉できるのか?どの程度それは許されるのか?
アートという価値を宙づりにする行為によってなら、その介入は担保されるのか?
だとすれば、アーティストはなんの責任によってそれを行うことができるのか?

そういったことを改めて具体的な事例と共に考えた日でした。

GAPの「東京藝術大学芸術大学(TUA)xロンドン芸術大学(CSM)セントラル・セント・マーチンズ校ロンドンユニット特別授業」はこの日まだ始まったばかりでしたが、これから様々な経験を通して、イギリスで学生さんたちがどのような作品を制作されるのか楽しみです。



文:外山





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by arcus4moriya | 2017-06-10 16:53 | AIR | Comments(0)
2017年度アーカスプロジェクト、始動。
みなさんこんにちは、石井です。
今年、2017年度のアーカスプロジェクトが始まりました。3月末に新しい書棚も出来て、環境もがらっと変わりました。やっとサロンの棚の存在に慣れてきた5月です。
既にGWも明けて5月に突入にも関わらず、まだ落ち着かない感じではありますが、ぜひスタジオサロンにいらしてください。ご支援いただいた方々のお名前も公式HP上で紹介しています。棚ができるまでの様子もREADYFORのブログにて公開しています。ご協力いただき、有難うございました。
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                                 (写真:加藤甫)
今年度でついに100人を迎えることになるアーカスプロジェクトのAIR(アーティスト・イン・レジデンス)プログラムの公募も、4月20日に締め切りました。
今年は、これまでの応募資料郵送のシステムをやめて、全てオンラインによる募集受付としました。
その理由には、

・郵便屋さんや宅急便、海外速達宅配業者さんらが毎日まなびの里へ届けてくる膨大な封筒の数々...の配達量を軽減協力し
・守谷では厳重な可燃・不燃ゴミの仕分けがあるため、これらの応募封筒(梱包材と紙類)の分別作業はたいへんな量になるという危惧と
・送られた場合のDVDやメディアなどの保存が難しい。

という点が挙げられます。要するに環境に優しくしていきましょう、ということです。一昔前はスライドマウントと推薦書などで審査をはかる時代や、パスポートの写真サイズを2枚、最初に送りなさいという規定もあったりと、様々な応募規定の変遷を遂げてオープンコールが続きましたが、ついにここまで来ました。
昨年はもりだくさんの国際郵便の数々をお見せしたかと思いますが、海外から日本に郵送する手数料も、アーティストにとってはかなりの負担になります。
ほかにもこのご時世、なぜリンクじゃだめなのか、といったような応募者からの要望がここ数年の間にもいち意見としてありました。
アーカイブとして残していく方法も、こういった点ではデータ保存は画期的でありつつも、どこまでのデジタルデータを保存していくかが今後の課題になりそうです。

..というわけで、アーカススタジオでは現在今年度の招聘作家を選出するため目下審査中です。
昨年まででアーカススタジオで活動してきたアーティストは97人を数えます。決して大きな数ではありませんが、着実に世界の国際舞台で活躍していくであろうアーティストがこの登竜門(ラテン語でアーカスとは門の意。)をくぐっています。審査員兼今年のゲストキュレーターの発表はまだ最終審査を終えるまでのお楽しみです。(...と、決してじらすつもりはないのですが)

2003年度に公募制を導入して15年目を迎えた今年、世界からアーカススタジオでのAIRプログラムに参加したいと届いた応募者数は御陰様で、なんと!
昨年の656件という記録を塗り替え、717組
という数に達し、過去最多の応募件数を更新です。
今回もユニット、または複数のメンバーでの応募(ひと組として換算)が増えています。3組の枠に対して、これまでの応募者数推移はこちら。(*クリックすると当時の招聘アーティストが閲覧できます。)

2003年度:125名(37カ国・地域)のうち5名 
2004年度:180名(45カ国・地域)のうち5名
2005年度:246名(48カ国・地域)のうち5名
2006年度:281名(51カ国・地域)のうち5名
2007年度:304名(60カ国・地域)のうち5名
2008年度:350名(63カ国・地域)のうち4名
2009年度:401名(57カ国・地域)のうち3名
2010年度:426名(70カ国・地域)のうち3名
2011年度:174名(55カ国・地域)のうち3名
...東日本大震災の影響を多大にうけた年。
2012年度:337名(63カ国・地域)のうち3名
2013年度:344名(47カ国・地域)のうち3名
2014年度:640名(78カ国・地域)のうち3名
2015年度:599組(81カ国・地域)のうち3名 (個人公募からグループ応募も考慮し、組数で表示)
2016年度:656組(89カ国・地域)のうち3名
2017年度:717組(85カ国・地域)の中から、3組を選出予定。←今ココ。

...ついに東日本大震災後、2012年度の応募者数の倍を越える数になり、競争率だけが上がっています。つくづく、拠点の拡充・拡大を切望したい限りです。これほど日本に来て活動したい作家がいても守谷に来られるのはたったの3組。たいへん頭を悩ませます。
今年の応募地域傾向はヨーロッパ圏に含まれる、ロシアの応募がたいへん多かったです。(恐らく昨年度はヨーロッパからの招聘がなかったからでは?と推察・分析できます)まだまだ膨大な審査資料を前にスタッフ一同、どんな作家を守谷に迎えるか検討中です。
この審査結果は7月上旬にお知らせできると思いますのでご期待ください。

アーカススタジオは心機一転、新たにスタッフを迎えて4人体制で事業実施します。また、守谷市の管轄もこれまでのアーカスを担当していた企画課から生涯学習課になるなど、ちょっとした変化を迎えた2017年度が始まりました。事業も新たにAIRプログラムで海外からのアーティストを迎えるだけでなく、日本人アーティストを海外派遣する事業にも着手します。日本人のアーティストにもAIRのチャンスです。詳細は夏の前頃には発表されると思います。
これまでと変わらず、皆々様のご協力をいただきながら今年もはりきってまいりますのでアーカスチームをどうぞ宜しくお願いいたします!
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(左より県庁事務局の大藪さん、外山有茉、朝重龍太、藤本裕美子、石井瑞穂)

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(遅すぎましたが今年の桜を....)













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by arcus4moriya | 2017-05-13 16:24 | AIR | Comments(0)
Information of Great East Japan Earthquake (March 1st, 2017)
These are information about Great East Japan Earthquake on the internet as reference data. Please refer to them.


▶Japan Atomic industrial Forum_English
Daily updates on nuclear power station in Fukushima

■Nuclear Power Plants in Japan
(2011)
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(2016)
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'Information on the Great East Japan Earthquake' by Ministry of
Economy, Trade and Industry


Reading of environmental radioactivity levelby Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology(MEXT)

Nuclear Regulation Authority_English

IAEA: International Atomic Energy Agency_English


■The distance from FUKUSHIMA Nuclear Power Plants to IBARAKI, ARCUS
Studio in Moriya city
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Emergency & Disaster (IBARAKI Prefectural Government)

AIST: Advanced Industrial Science and Technology_ the south part in IBARAKI

Emergency support desk for foreign residents in Ibaraki:

Moriya City

National Institute of Radiological Science

Consumer Affairs Agency, Government of Japan (inspection of
agricultural products)


ICRP: International Commission on Radiological Protection

Information on Radioactivity Level ( Air ports and ports)


【Report and Media】

The radiodensity in Japan_graphic data_Japanese

IBARAKI

Water in IBARAKI_japanese

Science Media Centre of Japan

Citizen's Nuclear Information Center_incl:u-stream posting

'GAIJIN Pot'_WEB Magazine for Foreign residents in Japan
The Great East Japan Earthquake issue

Science for a Changing World










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by arcus4moriya | 2017-03-01 12:01 | AIR | Comments(0)
View the feedback of 2016 resident artists!

I need to point out a residency is not usually what people think it is. There are a lot of little moments creating a whole episode in the book of experiences everyone has inside. We can just read it in our minds one time and another and invent it in a different way each time.

However, this collection of little moments usually have names, surnames, places, tastes, sounds, smells, details that, in a way, becomes part of our imaginarium as artists. For good or bad there is life knowledge on it, and therefore, art knowledge.

I wont say what I remember of Japan or what I cherish on me because there were so many things. In a personal way, I was looking hardly to unfold a whole new stage on the develop of my practice, and I needed support to achieve some skills, knowledge to fill some knowledge holes, the experience of the radical otherness to understand my own context, support, faith and time for creation. I found all those elements on ARCUS, and beyond that, I found great friends and so great people.


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A month after returning home, I can’t help but feel that there were opportunities missed, and work left undone during my residency. I think this is a good, because I feel that there are more works to develop, with plenty of room for explorations, and I look forward in undertaking this task with a renewed conviction in my work and abilities. This, I think is the most important outcome from my time in Moriya.

Yokatta.

This positive experience is largely due to the generosity and cooperation from the local citizens, because my residency project revolves around telling stories from Moriya and/or Japan that overlaps with my experience in Malaysia. I am thankful that my presence and project was embraced without prejudice, but is nurtured with curiosity and a willingness to help. So to those who have played a part in my project, my deepest gratitude for your kindness, time and stories.

Dōmo arigatō.

As an extension of my residency project, I will share with you a story I heard while I was there.

I was told, and will now paraphrase, an anecdote about ARCUS Project. About 30 years ago, there was a gathering of city mayors. When asked the question of which city would welcome the responsibilities to fund and host an artist residency, only one hand was raised, and with that simple act an important institution is born. I hope ARCUS Project will not only continue to flourish and provide a sanctuary for artists to dream and grow, but also continue to reflect and renew itself as an art institution and remain in the forefront of artistic endeavors. We must never forget, it is with courage, imagination and a willingness to act, that a project called ARCUS Project exists.


Thank you Moriya and ARCUS Project. Long live friendship and long live art.

Otsuukaresama-deshita.



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I was looking for an opportunity to experiment with the idea that challenges my previous practice and requires a research rather than a production. Not many art/cultural institutions, I personally think, actively encourage an emerging artist to pursue such work. ARCUS Project, however, clearly stresses in their application guide that they are willing to support such art work that would need to be developed and challenged, seeking to exhibit working process. Yet it does not mean that they are reluctant to have a resident artist who wishes to focus on a production rather than a work in progress. This is actually what I find most interesting at ARCUS Artist-in Residency: they do not require any specific way of working, solely backing what the resident artists wish to do, even if they are not familiar with a way of working and a method the artist brings to the studio. And the residency begins with a discussion to get familiar with, exploring them. In this regard, it is inevitable to have a close relationship between the artists and the ARCUS team, which makes the programme very unique.

During my 110 days residence at ARCUS Project, I was able to pursue my idea and research plan with great support. It was also possible because of their financial support that is from the city of Moriya, a small town 40 mins away from Tokyo metropolitan by train. This means that the people living in Moriya are both directly and indirectly involved in ARCUS Project as well, not only the people from ARCUS Studio and a city hall but also the residents in Moriya. In the beginning, I thought about what I could rather directly contribute to the city because of the relationship between ARCUS Studio and the city, even though I was not asked for. It turned out, however, that my concern was unnecessary when I found out that the people are willing to know about what I want to bring to this specific place and time without a certain expectation. Many of them showed great interest in my research, even though they are not familiar with, and heartily supported my way of working in different ways. They were ready to be excited with what the resident artists would pursue. I now think that it was not about the thought that I, as an artist, should contribute to the community through my work of art as a sort of exchange, which is rather self-centred. Instead, they appreciated the challenge of creating a dialogue from artists, the approaches to different ways of involvement became an important matter.

My research-based work dealt with Japanese avant-garde and art history which is strongly connected with the art history of the mainstream as well as of Korea. In many aspects, it has been limited to talk over a relationship between Japan and Korea due to the history they share and most of all, a nationalistic view in politic they both have continued to have. It was my another challenge to think of in what way I approach to the complicating issue, and I wondered how people I met in Japan would react to it. Moreover, I needed to meet many people out of blue, including art professionals, for my investigation. It was my first experience as an artist that a team in a programme of Artist-in Residency is highly involved in my work by arranging meetings, being my company for the meetings and co-organizing several events of my work. The team has a job title of “coordinator” that I was not familiar with and still do not know how to define, but the ARCUS team and I were working together in many different ways and they greatly supported my research.
Supporters—anyone can volunteer to support the residents artists of ARCUS Project—often impressed me with active communication. I would say that they are not just supporters but participants of the work, which made an interesting dialogue between artists and their neighbours without intentionally organizing a community-based event. On the other hand, as ARCUS Project is one of the oldest and established Artist-in-Residency programmes in Japan, I could take advantage of their network all over in Japan, which was a great help for my research work in the end—many of art professionals/art institutions that I contacted or met have a good relationship with ARCUS Project or are in partnership with. From these experiences, I tremendously learned how to ‘work together’ and share ideas within my practice. This was a core concern of my research work that I developed at ARCUS Project as well. I feel the experiences as organic, as a practice that I will attempt to develop further. They encouraged me to come up with different approaches to dialogue between art and society. I sincerely appreciate for great support of ARCUS Studio, Moriya and participants who gave me some insight into such dialogue.













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by arcus4moriya | 2017-02-28 12:00 | AIR | Comments(0)
12/12 帰国
こんにちは、石井です。いよいよ110日目のレジデンス最終日。みんな帰国の朝は寡黙です。昨日まで、荷造りやらアパートの片づけやら、大変だったことでしょう。ちなみにいつからか、最後に記念撮影をするのが恒例になってきました。
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(大概、私が撮るとピントがあうんですよね...)
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マレーシアに帰る、ガンから出発。彼は帰国直前まで制作・編集をしていたそうで、yarimoriyaは最後にウルっとさせるようなまとめ動画でその活動を終えたようです。そんな疲れも見せることなく、さりげなく、にこやかに去って行くガン。彼の作品はオープンスタジオが終わっても、彼が守谷を去っても、オンライン上で見ることが出来ます。→ヤリモリヤ
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はい、次はイェン。なぜ1人出発する毎に撮影するんだか、泣き顔シーンを撮りたいのでしょうか、アーカススタッフ。(↓イェンが涙するとは、想像していなかったです、朝重さん笑い過ぎ)
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...泣きますよね。きっといろんなことが蘇ったのでしょうね。
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エルネストとイェンのお別れ。
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気をつけて!
そして最後は最も渡航時間の長い、そして荷物も入りきらなくて私たちも気が気でなかったエルネスト。メキシコ経由でエルサルバドルへ。
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残暑の8月に来日してから、あっという間の110日。しかし、この帰国の日は毎年、朝早くからとっても長く感じる1日でもあります。同時に来日の日のドキドキを思い出します。アーティストの様子もそれぞれに悲喜こもごもです。今年も3人、無事に滞在制作を終えて日本を旅だっていきました。帰国後、これからの3人の未来に期待したいと思います。...みんな、お達者で!
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2016年度のレジデンスプログラム、お疲れさまでした! また随時、活動報告はブログにて更新してまいります。







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by arcus4moriya | 2016-12-12 18:33 | AIR | Comments(0)
11/2 ガンの撮影_カトレアの山野井洋蘭 / Gan's shooting at Yamanoi Orchid Farm
皆さん、こんにちは。藤本です。招聘アーティストのガン・シオン・キン[マレーシア]は現在「yarimoriya」というプロジェクトを展開しています。
彼が守谷や周辺地域で経験した、出会ったあらゆる物事を記録し、編集し、マイクロ・ビデオ・エッセイとしてそれらをインスタグラム上に公開しています。すべて1分以内の映像で、現在37本が公開中です。(yarimoriya ぜひご覧下さい。※帰国する12/12まで増えていく予定!)
Hello this is Yumiko.
Our resident artist, Gan Siong King (from Malaysia) has been working on the project called 'yarimoriya', in which he makes document of all kinds of objects he encountered in Moriya and its surrounding area and show them as micro video essay on Instagram.
The videos are all within 1 min and there are 37 pieces so far.
(you can find the videos from yarimoriya. He's going to keep update them till 12/12 when he leaves.)
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本日は、守谷市のお隣、常総市の「カトレアの山野井洋蘭」さんに撮影に伺いました。広い温室がたくさんある、非常に大規模な農園です。代表の山野井喜仁さんが丁寧に案内してくださいました。
He visited Yamanoi Orchid Farm for shooting in Joso city which is neighboring city of Moriya today.
The representative of the farm, Mr. Yoshihito Yamanoi guided us through its number of spacious greenhouses.
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カトレアの苗木が花をつけるまでに10年以上の月日を要するということや、とても繊細な植物だということを初めて知りました。水のやり方ひとつをとっても、どのくらいを葉にかかるようにして、どのくらいを鉢(土)にかけるかなど、職員さんの丁寧な仕事ぶりに感動を覚えます。過去に機械を使って水まきをする方法を試されたようですが、それだとやはりムラができてしまうことから、現在では人の手によって行われているそうです。
We learned that cattleya is highly delicate plant and a nursery-tree of cattleya takes more than 10 years to bloom its flower.
It was impressive that how carefully the staff take care of them, for example, they know how much water the leaves and how much water the soil.
They have tried watering with a machine once, but they found with which water only can be sprinkled sparsely, so they now water them by hand.
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ガンも自分の体が葉に触れないように慎重に撮影しています。
Gan shoots them carefully, not to touch their leaves.

出荷の準備も見せていただきました。
部屋の中にただよう甘い香りにうっとりします。
We also saw how they pack and ship the flowers.
The room was full of sweet scent.
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まるで宝石のようなカトレアの花。とっても薄くてデリケートな花びらに少しでも傷がついてしまうと大変です。
The cattleya flowers are beautiful almost like jewelry and their thin delicate petals are needed to be carefully handled.
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近くで見ると信じられないくらい繊細なグラデーションで、吸い込まれそうになります。
I was feeling drawn into their unbelievably beautiful color gradation at close look.
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そんな繊細なお花を、梱包用にひとつひとつ丁寧に処理していきます。
The staff pack each of such delicate flowers very carefully for shipping.
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写真では伝えられませんが、その手さばきの早く、見事なこと!
The skill of the staff was very quick and wonderful, unfortunately I can't tell with the pictures though.
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出荷するのに、ひとつずつこの小さな水の入ったケースにセットされていきます。
To be ready for shipping, the flowers are packed in this small case with water in it.
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そして、ふわふわのベッドのような状況におさまり、お花はお店に届けられるようです。
Then they are put in bed-like cardboard box and will be delivered to shops.
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外観を撮影するガン。当たり前のことですが、使用する映像の何十倍もの使用されない映像があります。
Gan is shooting outside of the greenhouse.
As you probably have expected, he shoots dozens of footage as much as actually he uses.
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オープンスタジオ初日に山野井さんご夫妻がサプライズでカトレアの鉢をプレゼントしてくださいました。(大変高価なものだということがわかっている私たちはとっても恐縮してしまいます。なんて豪快で素敵なプレゼントなんでしょう…)
Ms. and Mr. Yamanoi presented the cattleya on the first day of open studios.
Such a nice present!
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ご協力いただき、本当にありがとうございました。
Thank you so much for your cooperation!
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出来上がった映像をぜひこちらからご覧下さい。
You can see the video Gan made out of this visit from this link
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今回の撮影で、ガンが、花だけでなく、働いているスタッフの方々のふるまいや、独特な手の動きに着目していることがみてとれます。
It can be seen that Gan was interested not only in the flowers themselves, but also in how the staff handle them and their particular movement of hand.                                                                                                                                                                     

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by arcus4moriya | 2016-12-09 20:58 | AIR | Comments(0)
Yen's Studio : OPEN STUDIOS
Yen Noh [South Korea]

CAN WE TALK ABOUT MAVO?
A Makeshift Platform of the Japanese (Contemporary) Art Topography for All Dada in Japan

1.Statement by Yen Noh
“CAN WE TALK ABOUT MAVO? A Makeshift Platform of the Japanese (Contemporary) Art Topography for All Dada in Japan” attempts to rethink the mindset of Mavo, the Japanese avant-garde collective of the mid-1920s, which has been ignored and not institutionalized in Japanese art history.
I look into the performativity and temporality of the practice of Mavo in order to bring it into a contemporary social and economic context. By doing so, the practice can be reinterpreted into “contemporary” that not only “swims against main” but also claims urgent need for responsibility from us. It is an experiment with the ‘practice of doing’ in which a deliberate misunderstanding, mistranslating and mistransferring are used as a critical method. I take my investigation of Mavo to open the process of it and involve the action of the investigation in giving a platform for creating knowledge in order to practice my history consciousness.
By ‘librarying’ collected books by participation, a makeshift platform will be created to talk over Mavo and the “contemporary”. A panel discussion consisting of experts in different fields - and not necessarily relating to Mavo and art history - will take place in this platform.

2. Comment by Hiroyuki Hattori [ Guest Curator 2016 / Independent curator ]
Yen has been making speech performances using interpretation and translation of things as a subject matter, and in this residency she shifted the gear towards participatory projects which require partaking of others. Having a strong interest in the postcolonialism she starts her journey from the Korean Dadaist poet Yi Sang (1910-1937), extending her insight into the situation in Japan where a deep influence on the modernisation of Korea can be traced. Reflecting upon it she attempts to create a platform for thinking and dialogue, focusing on the Japanese art history after Dada and its turning point in the last centennial. Based on her artist statement / open proposal she calls widely for publications on the history of MAVO, Dada and the modern and contemporary Japanese Art. Collecting the nominated books by the specialists and general public she sets up a library where various events occur as a performance. Dispersed, seemingly incoherent actions recall the activity of Dada, forming a performative and process-based work as a whole.

Special Thanks:
Yukiko Asano, Ameko, Shihoko Iida, Satoshi Ikeda, Risa Iwasaki, Sen Uesaki, Camilo Henriquez, Naoto Oizumi, Koichiro Osaka, Emma Ota, Yoichiro Oda, Toshiharu Omuka, OLTA, Motoki Kawai, Gan Siong King, Noi Sawaragi, Yukiko Shikata, Yoshio Shirakawa, Seong mee Jang, Jo Schmeiser, Yoshinori Takakura, Kaname Takahashi, Kyongfa Che, Ricarda Denzer, Koichi Toyama, Yosuke Nakazato, Shoko Nakajima, Yuji Nawata, Shelia C.Severn Newton, Aya Nomoto, Ernesto Bautista, Ken Hagiwara, Hiroshi Hara, Hikaru Fujii, Florian Pumhösl, Jesse Hogan, Andrew Maerkle, Yukari Miyajima, Rin Miyajima, Teruaki Yamanoi, Hiroki Yamamoto

ARTISTS’ GUILD, Wajiro Kon collection / Kogakuin University Library, The National Museum of Art, Osaka, Tokyo University of the Arts, University Library

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Photo by Hajime Kato













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by arcus4moriya | 2016-11-29 02:00 | AIR
Ernesto's studio:OPEN STUDIOS
Ernesto Bautista [El Salvador]

The infinite memory

1.Statement by Ernesto Bautista
The infinite memory is a documentary film project based on a storytelling dynamic relating memory, dreams, death and transcendence.

I’m achieving to register the personal signs to create new meanings of the present.
Explore the way creation of memory can exist as an infinite display through the constant try of rebuilding past through the logic of dreams. And through this, highlight the act of remain as an act of pure creation.

Every time to have the possibility of create a real new memory upon the existing one. The title comes from the human desire to be remembered by the people we meet and we loved, the only way we can be eternal until we are forgotten, and then, for the people they could share the memory of ourselves and so on. Until forever.

Shintoism says the second death is when we are forgotten. I’m mapping connections that define our identities.

We got the illusion of a memory but yet there is never a real memory, we storage memory on the same way we remember a dream, we fill the empty spaces of information with questionable visions of what our subconscious thinks remember.
Important details keeps storage clear on our head, but what is not, is just not relevant, and can be replaced by many similar information. In that way, our heads build memories like we build the memory of a dream.

2. Comment by Hiroyuki Hattori [ Guest Curator 2016 / Independent curator ]
Death is something close to Bautista who lives and works in El Salvador, and the sympathy towards death is reflected on his oeuvre. In recent years he has been working on a long-term multi-layered project called Museum of Infinite, an imaginary institution he sets up which comprises interdisciplinary research areas such as art, mathematics, philosophy and architecture. As a part of this project, he works on producing a work The infinite memory in this residency program. He spent a few days shooting a film in the forest, a tourist spot with beautiful landscape where at the same time is a destination for people who wander and walk towards death. He also interviewed and filmed people he met during his residency in Japan, asking them about their dreams and memories. Bautista, who is also a poet, will add his own texts and drawings to exhibit as a part of project.

Special Thanks:
Satoshi Ikeda, Risa Iwasaki, Sayaka Enoki, Carlos Henriquez Consalvi, Camilo Henriquez, Masato Ohki, Keiko Ogura, Risa Kawanabe, Gan Sion King, Robert Jacobs, Junichi Shimomura (Unten-Ji Temple), Yoshihiro Shimomura (Yasaka Shrine), Tetsuya Suzuki, Hiroshi Suzuki, Ambassador Marta Lidia Zelayandia, Kaname Takahashi, Yen Noh, Teruaki Yamanoi, Naoko Yoshida, Federico Lowy, Kahori Wada

Embassy of El Salvador in Japan, Hiroshima Peace Memorial Museum, Museo de la Imagen y la Palabra



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Photo by Hajime Kato










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by arcus4moriya | 2016-11-29 00:01 | AIR
11/27 ARCUS+AIT アーティストミニ・トーク/ARCUS+AIT Artist Mini Talk
今日は、今年のオープンスタジオの最終日です。
It's the final day of the open studio today.

アーカスプロジェクトでは、東京で活動するアーツイニシアティヴトウキョウ(AIT)さんと、お互いにレジデントアーティストが滞在している時期にあわせ、毎年共同でさまざまな人との交流を目的にトークイベントを実施してきました。これまで過去8回のトークイベントでは、私たちアーカスプロジェクトのレジデントアーティストがAITさんのスペースにお伺いしての実施でしたが、今回はちょうど時期がオープンスタジオ開催中とのこともあり、AITのレジデントアーティストをアーカススタジオ(もりや学びの里)に招いての実施となりました。
Arcus Project and Arts Initiative Tokyo [AIT] based in Tokyo have a talk event of resident artists together every year, in order to encourage exchanges among residencies.
We have hold previous 8 events at AIT so far, and this year Arcus Studio invited AIT resident artists to Moriya.

9回目となる今回は、「ピールド、ピール、ピーリング」と題して、AITがスウェーデンのレジデンス施設IASPISとの連携で招聘しているアーティスト、ジェニー・ユーシャンスキーとアーカスプロジェクトの3人のレジデントアーティストを加えた、4カ国からのアーティストによるミニ・トークでした。
It's our 9th talk event, titled 'Peeled, Peel, Peeling' with artists from four different countries, that are our three resident artists, and Jenny Yurshansky who was invited to AIT through its exchange program with IASPIS in Sweden.
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私、朝重からこの企画について、簡単に説明した後、今回のイベントを共同で企画しているAITの東海林さんにまず、AITの活動について紹介してもらいました。
After brief introduction from Ryota, Mr. Tokairin from AIT introduced AIT's program.
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いつもAITさんの活動について聞く度に、プログラムの多さ、多様性には驚かされます。
AIT has a number of diverse program.

4ヵ国のアーティストのトークは、まずAITのアーティスト、ジェニー・ユーシャンスキーさんから始まりました。
The talk started with Jenny Yurshansky from AIT.
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ジェニーさんは、9月からの日本滞在で日本にある外来植物について調査しています。世界中どこでもそうですが、動物と同じように、紛れ込んできたものから意図的に持ち込まれたものも含め、もともと自生していた土地を離れ、移動を繰り返し、日本には本来なかったはずの植物が多々あるとのこと。
植物の移動を観察し、調査することで、移民や移動を強いられた人々と重ね合わせ、移動や移住が世界に与える影響について調査していました。
Jenny has been researching on invasive/aliens plant in Japan since September during her stay.
As it has been seen all over the world, there are a number of invasive plants in Japan which initially didn't exist before but by being brought either deliberately or accidentally, they migrated from original habitat to Japan.
By observing movement of the plants, Jenny has been investigating how forced migration can affect the world.
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ジェニーさんからのトークが終了した後に、今回アーカスプロジェクトのレジデンスプログラムに参加した3名のアーティストが順次、プロジェクトについて話をしていきます。
Three artists' presentation from Arcus followed Jenny's talk.
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ガンは、自分が滞在期間中に制作してきた、マイクロ・ビデオ・エッセイのシリーズ”yarimoriya”のなかで、今回撮影対象のテーマに掲げた「work」「home」「play」をもとに、3本の映像を紹介しました。また、自分の制作活動にたいする意識や、制作における態度について自身の経験から話をしました。
Gan introduced his a series of micro video essay called 'yarimoriya', which he has been working during the residency, especially three films with themes of 'work', 'home', and 'play'.
He also talked about how he engages with production.
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続いて、イェンが今まで取り組んできたプロジェクト全体について話をします。1920年代から30年代に日本でおこったダダやアヴァンギャルドの運動のリサーチから始め、現在のアートまでの歴史認識や断絶について、あわせて今回、取り組んだ参加型のプロジェクトについて、彼女がウェブサイトにて提示したオープン・プロポーザルをもとに説明していきました。
Then, Yen gave an overall view of her project.
She started with research on Dada and avant-garde movements in 1920-30 Japan, and how they are disconnected from current practice of art in history of art.
With her open proposal on the website, she introduced the participatory project she worked on this time.
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最後にエルネストが今回のプロジェクトにて、取り組んできたインタビューについて、また今後の展開について話をしました。
エルネストは、これまでに、インタビューを行った人々の話から得たものや、これから彼がインタビューを行いたい人から聞き出したいことなどを元に、人とストーリーの相関図をつくり、彼が取り組んでいるプロジェクト全体のマインドマップを作成していました。
死生観の調査から始まった今回のプロジェクトは、エルサルバドルでの自身の体験と比較しながら、日本での体験をもとに、生き甲斐や夢、記憶といったキーワードから、彼が捉えた日本の社会状況へとさまざま形でつながっていきます。
At the end, Ernesto talked on the interviews he has been working on for this project and how he will develop them.
He has made a mind map drawing the relationship between people and stories that he heard from the interview.
Staring the project with the investigation into views of life and death, he explored Japan with keywords, such as reason for living, dream and memory, comparing to his own experience in El Salvador.

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エルネストは最後に、これまで撮影した映像をつかった、今回のプロジェクトのトレーラー映像を紹介しました。
今後、このプロジェクトは長時間のドキュメンタリーフィルムになるとのことです。どんな風に今後展開していくのかが楽しみです。
He also showed a trailer from the project.
He intends to develop this project into long documentary film.

4人のトークがそれぞれ、終了した後、聞いていてくださった観客の質問がどんどん出てきましたが、ここで時間が来てしまい、一旦トークは終了となりました。その後に行われたクロージングパーティーで、アーティストも来てくださった皆様も交流し、話は続いていきました。
We had many questions from the audience, yet unfortunately run out of time.
At the closing party, the artists and audience enjoyed their endless discussion.

いつもの雰囲気とは少し異なった、ARCUS+AITミニ・トークでしたが、大変有意義な時間でした。
AITの皆様、そしてジェニーさんありがとうございました。
We had very nice time here at Arcus!
Thank you for your cooperation, AIT and Jenny!


写真:加藤甫
Photo: Hajime Kato










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by arcus4moriya | 2016-11-27 16:30 | AIR | Comments(0)
11/26 イェン パネルディスカッション「CAN WE TALK ABOUT MAVO ?  -マヴォについて話さない?」/'CAN WE TALK ABOUT MAVO?' by Yen
皆さん、どうもこんにちは。藤本です。
Hello, this is Yumiko.

“CAN WE TALK ABOUT MAVO?”
マヴォについて話さない?日本のダダ・ムーブメントのための、日本(現代)美術の位相の仮設プラットフォーム

イェン・ノー企画のパネルディスカッション
「CAN WE TALK ABOUT MAVO ? -マヴォについて話さない?」
11/26日(土)16:00 - 17:30

本日モデレーターを務めるアンドリュー・マークル氏 [ART iTインターナショナル版副編集長]との打ち合わせの様子。
The artist, Yen and today's moderator Andrew Maerkle [ART iT international deputy editor] are having a meeting.
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パネルディスカッションはプロジェクトの一部。本格的なドキュメントが必要ということで、撮影はARTISTS' GUILDにお願いしました。
This panel discussion was organized a part of her project.
ARTISTS' GUILD helped us with professional documentation.
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間もなく始まります。
We soon start.
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パネリストの3名です。写真左から、上崎千 氏 [芸術学/アーカイブ理論]、白川昌生 氏 [美術家/美術評論家]、アンドリューさんをはさんで、外山恒一 氏 [「九州ファシスト党〈我々団〉」総統。革命家。]
These are today's panelist, (from the left to the right) Sen Uesaki [Art theory/Archive theory], Yoshio Shirakawa [Artist/Art critic], Andrew, and Koichi Toyama [Leader of Kyushu-Facsist party〈Warewaredan〉, Revolutionary].
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まずは、イェンが英語で書いた主旨がアンドリューさんによって英語で読み上げられ、通訳の池田さんによって日本語に訳されます。
First, Andrew read aloud the concept of the discussion written by Yen in English, and the translator Mr. Ikeda translated it into Japanese.
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まず、この活動が、日本のアヴァンギャルドへの応答としてのアクションであること。
日本のアヴァンギャルドの歴史化は、西洋、または米国のそれとは異なること。近代化以降日本の美術史はメインストリームを追随し、西洋、または米国の概念や展示を国内に取り入れることにやっきになり、国内のアートムーヴメントや社会運動との間にあるギャップが見落とされ、いまだに検証されていないこと。それが国内のアートムーヴメントとの断絶を引き起こし、日本のアートムーヴメントのダイナミズムが失われたこと。
そして最後に、このディスカッションが文化的権威、またはシンポジウムとして行われるものではなく、問題や課題に非権威的に対応するためのものであるということが付け加えられ、
パネリストは金銭ではなく、交通費と韓国料理のみを謝礼としてお支払いすることを条件に招聘しており、この条件を承諾してくださった皆さんにご参加いただいた旨が観客に伝えられました。
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(excerpt from English statement)
Today’s discussion is an action of the reaction to the avant-garde, Japanese avant-garde in particular.
Historicization of Japanese avant-garde has gone through a different process from its process in Western Europe and the U.S. Since modernization, Japanese art has strived to follow the mainstream of art history, that is the major achievements and exhibitions in Western Europe and the U.S., yet its own gap between art and social movements has been overlooked and hardly examined. This led to a disconnection between movements and thus lacks of dynamic in its own art history in the end.
This discussion is neither organized by a cultural institution nor as a symposium or a conference. This means we could be able to deal with the topic in a non-institutional manner.
Including myself, panels are invited without a fee but only transportation and a small Korean buffet—we all accepted her proposals with this condition.
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その後、イェンが書いた英語のステイトメントを藤本が日本語訳し、“イェンとして”日本語で読み上げました。(以下に記します)
Then, Yumiko from Arcus translated the statement written in English by Yen and read aloud as Yen. (below)
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この活動は、私にとって初めての試みで、あらゆる交換のあり方・方法について考えるためのものです。そのなかには、労働の仕方や、知識を得る方法、アートによって、特に、作品によってお金を得る方法も含まれます。
今回のプロジェクトで、私は、参加者とともにこの「図書館」の形をもったプラットフォームをつくりました。このプラットフォームは、ひとつにはそういった共同作業そのもの、つまり集団による行為に対する問題提起の場であり、もうひとつには、これまでのどんな制度化された形とも異なる、交換のあり方・方法、知識の共有が可能かどうか。
そして、ともすると時代遅れともとれる「芸術と資本」の問題を、新しい形で表面化することができるかどうか。そういった問題提起の場でもあります。

私が一人のアーティストとして言えることは、そういった問題がアートとビジネスの問題と直接関係があるということです。そこには「交換」という言葉がとても実用的な形で存在していると思います。
私はこれらの問題、アートに関しては、しばしばタブーとされ、きらびやかな見た目によって覆われているこれらの問題を深く探りたいと思っています。

私は、私の作品を何に交換するのか。

このプラットフィオームはそういった問題提起のために、開かれている場です。
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This is my very first attempt to think of means of exchange, including labour, knowledge and money in arts, specifically art works.
I gave this platform in order to address not only a question of a collective action, but also a question of what can be other ways of exchanging and sharing knowledge out of any institutional form and how to make a seemingly antiquated question of art and capital rise to a new surface?
As an artist, these questions are directly related to art and business: it is because “exchange” is a very pragmatic sense of word, I want to deepen the questions in terms of arts in which those questions are often tabooed and covered by a glorious exterior.

What do I exchange by means of my art work?
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イェン本人は客席に座り、“観客として”その様子を英語の通訳を聞きながら観察しています。
Yen herself was sitting at the audience seat, and observing the situation through English translation as 'an audience'.

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マークルさんから、タイトルの“CAN WE TALK ABOUT MAVO?”は、いくつかの異なる解釈が出来る表現だという話がありました。日本語にすると、今回の訳「マヴォについて話さない?」というものと、捉えようによっては、「マヴォについて話すことができますか?」という実践的な意味。そして、「私たちはマヴォについて話す資格がありますか?」というニュアンスのもの。これら何層かの情報がこの英語の一文ではフラットに並べられてしまうという事実があります。
Andrew mentioned the English title 'CAN WE TALK ABOUT MAVO?' can be interpreted in multiple ways.
Translated into Japanese, it can mean inviting participation like the title today, and also 'are you able to talk about Mavo?', and moreover, 'are we entitled to talk about Mavo?'
These various layered information is flattened in one English sentence.
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白川さんからマヴォの概要と活動の特徴などが紹介され、さらに日本の芸術家が表現の自由を獲得していないこと(そして、いまだに…)、マヴォが日本美術史においてはあまり評価されていないといった話に。
Mr. Yoshio Shirakawa introduced the outline of Mavo and character of its activity, and talked that artists in Japan hasn't yet attained freedom of expression, and the fact that Mavo hasn't been evaluated in Japanese art history.
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マヴォ(の)宣言を読み上げる上崎千さん。マヴォ宣言は3つあり、実はとても長いです。
(私は、上崎さんがイェンから事前に指示を受けたのかと思いましたが、実はそういうことではありませんでした。アーティスト本人がこのディスカッションをどれほどオーガナイズしているかは非常に微妙なラインです。)
Mr. Sen Uesaki is reading Mavo's manifest. There are three statements and they are actually long.
(I thought Yen asked Mr. Uesaki to read it, but she didn't. It is uncertain to what extent the artist planned the discussion.)

アーキヴィストの上崎さんは歴史主義的ではない芸術活動の捉え方が可能かどうか、という点に関心をお持ちで、
革命家の外山さんは、政治活動の観点から捉えるマヴォの意義に興味をお持ちです。(外山さんは前提として、芸術家が自らの活動を“芸術運動”と名乗ることで、活動を急激に安全なものとしてしまうことに批判的だということにも少し触れていました。)
The archivist Mr. Uesaki was interested in how it is possible to see art movements from non-historicism perspective.
The revolutionary Mr. Toyama was interested in to see significance of Mavo from political perspective.
(Mr. Toyama was basically critical towards the artists who call themselves artists which, he thinks, let their movement tamed.)
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早くも外が暗くなってきましたた。
マヴォがあまり評価されていないというトピックから…
上崎さんから、日本の戦前と戦後の歴史記述は繋がっておらず断絶しているという話から、歴史記述の話へ。
白川さんがデュッセルドルフで企画した日本のダダ展の話_現地でのコミュニケーションで感じた日本の断絶された歴史を伝えることの難しさ。絵画・彫刻が西洋で生まれた方式に依存している現状で、日本独自の表現としての「パフォーマンス」をひとつのカードとしてキュレーターに提案できたという話(マヴォや具体など)。
It's already getting dark outside.
Starting from that face Mavo has been underestimated...
Mr. Uesaki: Historicization of pre-war and post-war period is disconnected in Japan.
Mr. Shirakawa talked about the exhibition of Dada in Japan that he curated in Düsseldorf and recalled that he felt it difficult to convey the disconnected history of Japan at that time. He also talked that he suggested to a curator that performance such as Mavo and Gutai as original representation generated in Japan, while painting and sculpture were dependent on the method brought from the West.
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外山さんは断絶に対して_断絶は第二次世界大戦をはさんで出来たがそれまでは、西洋からの輸入の歴史があるので、その観点からならもしかしたら一貫した記述ができるのでは。戦後は、日本も含めて冷戦構造のなかで、「保守対革新」という二項対立以外の道を探ることが政治運動でも起こった。それと並走するかたちで演劇史は展開していた。美術に対してもそういったことが当てはまるのでは?例えば、赤瀬川原平の作家自身が埋没するような制作スタイルなど…。
それに対しては上崎さんから、それはあくまで過去を振り返ることで定義づけることのできる「美術史的観点」でしかないという指摘。
例として、60年代の前衛作家たちも、自身が亡くなる前に結局当時の作品のオーサーシップを整理しているという話。
Mr. Toyama: the disconnection appeared during the WWII, yet there had been exchange with the West, so it might be possible to write consistent history from that viewpoint. Within the Cold War structure after the World Wars, the momentum which strived to beyond the dualism between 'conservative versus liberal' emerged in political movement in Japan. In parallel with that, the history of theater developed.
He questioned if Genpei Akasegawa's style which one can say that to art as well
Mr. Uesaki: That idea consolidates 'art historical perspective' that only define the facts by looking back the past. Also, avant-garde artists in the 60s organized authorship of the artworks before they would die.
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外山さんから、記述の仕方においては、当時の美術界ではない他分野の活動とリンクさせて記述する可能性の話。
上崎さんから、赤瀬川の千円札裁判の話。その裁判で弁護団側の証人だった石子順造が、その裁判に勝つということは合法化されるということなので、芸術家としては勝つべきではないのでは、と言った、というやせ我慢の話。
白川さんからマヴォの演劇運動の話。演劇のおかげで、村山知義が中国などで崇拝されている話。村山は、演劇運動を始めるにあたって自身の絵画や彫刻などを「自己批判として焼き捨てた」と言っていたが、本当は保管していたという心の葛藤の話(結局空襲で焼けたが)。そして戦前は構成主義絵画を制作していたにもかかわらず、戦後、業界人や実業家の肖像画(具象絵画)を多数制作していたという矛盾の話。ゴリゴリのダダイストではなかった…?
Mr. Toyama mentioned the possibility of wiring art history in connection with other disciplines at that time.
Mr. Uesaki talked about 1000 yen note incident of Akasegawa and the defense witness Jyunzo Ishiko said that winning case would mean legalization of the work so he should not win as an artist.
Mr. Shirakawa: Theatrical movement of Mavo. Tomoyoshi Murayama is known in China for his theater activity. Murayama said that he set fire to his previous paintings and sculptures as action of self-criticism, but he actually stored them secretly (ultimately they were burned because of airstrike though.) Moreover, despite that he was making constructivism paintings in pre-war period, he made a number of portrait (figurative) paintings of businessmen. It is doubtful if he was pure Dadaist...
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上崎さんから、マヴォ宣言で、講演会やポスター・ショーウィンドウの制作なども請け負うと表明していることから、実はずいぶん柔軟な性格を持っているのだろうという話。(戦後の非商業的に活動することを美徳としていた作家たちとは明らかに異なる)。講演会という表現からも、否定だけを目的とした反体制運動とは思えない。
白川さんから、マヴォのメディアに対する意識の話。(講演会、機関紙などでマヴォのイメージを作り込んでいく)。
マークルさんから、「ブロック」というポーランドの前衛美術誌にマヴォが取り上げられていることから、その時代は同時多発的に互いにアピールする手法がとられていたのだという話。同時代性を意識していた。
Mr. Uesaki: Having said that Mavo undertakes lecture, designing poster, or display window in the manifest, Murayama had in fact flexible attitude towards commercial acitvity.
(This is totally different approach from the artists after the war who believed in non-commercialism.)
The word, lecture also sounds that Mavo was not meant to be anti-establishment movement hoping solely negation.
Mr. Shirakawa: Mavo was aware of utilization of media. (They elaborated the image of Mavo through the lectures and bulletin.)
Mr. Maerkle: Mavo was also aware of importance of being contemporary to their comrade avant-garde art abroad.
They appeared in an avant-garde art magazine in Poland at that time.

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上崎さんから、未来派(イタリア、20世紀初頭)の記述の話。未来派は前衛のはずなのに、蓋を明けてみたら戦争賛美&女性蔑視(ファシストの外山さんから「初期のファシスト党の半分は未来派の芸術家ですから。」)。それでも美術史としては、未来派をキュビスムの影響を受けた前衛の系譜として位置づけ、その後に繋いでいる。そういった記述の手法を日本がとっていないというだけでなく、マヴォのもつある種の猥雑性(柔軟性)が美術史上に位置付けづらく、さらにマヴォを「見落とされている」とする判断はすでに西洋的な視点に染められてしまった、歴史記述的な歴史の捉え方でしかない。
Mr. Uesaki: Futurist (Italy, in the beginning of 20st century) was supposed to be avant-garde, yet turned out to be infamous for praise of war and discrimination against women.
(Mr. Toyama: The half of original fascist member were Futurist artists.)
Mr. Uesaki: Art History regards Futurist as avant-garde group who were influenced by Cubism. Japan does not follow that thought and flexible/impure nature of Mavo made it difficult to be written in art history. This very idea that Mavo was overlooked in the history itself is reflection of historicism influenced by Western perspective.
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外山さんから、あらゆる媒体の記事記述をあわせて美術史を作るという提案。
白川さんから、それに近いもの(クリッピング)はあるが、重きを置くポイントの難しさの指摘。
外山さんから「偽史でしかあり得ない」という前提での歴史の作成への批判。それぞれの立場で正史だといえるものを作成して論争することの重要性の話。
上崎さんからAI技術を用いたデータベースとしての歴史作成の可能性と、その読み解きの難しさの話。
外山さんから、民主主義的な決定への批判の話。価値の相対化に疲れる側へのシンパシー。
Mr. Toyama suggested writing art history by combining articles from all kinds of medium.
Mr. Shirakawa: There's already similar idea (clipping), yet then it would be problematic on which point should be based.
Mr. Toyama criticized writing history with the presumption it would only be 'false history'. It is important to have discussion on each one's authentic history.
Mr. Uesaki mentioned that the possibility of writing history as a database generated by AI technology and difficulty of reading it.
Mr. Toyama criticized decision making through democratic way. He felt sympathy towards the side who got tired from relativization of value.
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それをしばらく黙って聞いていた白川さんの「不遜な言い方かもしれないけど、外山さんの言っていることはアートだなと。それをやろうとしているのがアートだなという気がしました。だからアートは政治にはならないというか…。」
上崎さんから、そういう意味では村山はもっと政治的かもしれない、という話。
この時点で終了の時間を越えていたが、全員で「意外とマヴォの話しましたね。」と言いながら、質疑応答へ。
Having listening to Mr. Toyama, Mr. Shirakawa said 'this might sound insolent, but what Mr. Toyama is saying is actually art. I thought it is art that tries to do what he is saying. Precisely because of that, art won't be politics...'
Mr. Uesaki also said that in that vein, Murayama would have been more political.
We had already running out of time at this point, then started Q & A session.

質疑応答では、イェンから「ラディカルは過去のものだと思いますか?」という質問が日本語で投げかけられました。
Yen asked the question in Japanese, 'Do you think being radical is outdated?'
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外山さん_「それは…僕は過去のものとは言えないでしょう。」(→そりゃあそうだ!)
マークルさん_「自分がラディカルだと言える資格はないかもしれないけど、ラディカルにシンパシーを持っている。」
外山さんが加えて…311もしくは911以降、政治活動に興味を持ち始めた人々がそれまでラディカルな態度で制作していたのに、急にリベラルになってしまったことが許せない!ラディカルはお前の趣味でしかなかったのか!血や肉になっていなかったのか!と。
Mr. Toyama: 'I can't say it is...'
Mr. Maerkle: 'I'm not sure if I'm qualified to say I'm radical, but I feel sympathy towards radicalism.'
Mr. Toyama: 'I can't accept the fact that those who had been radically producing work became to be liberal after 3.11 or 9.11. Was radicalism just your hobby, not blood or muscle?'

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白川さん_「自分なりに…そうですね。ほんのちょっとラディカルにやっています。」(→白川さんからのその発言は格好よすぎます。)
上崎さん_「歴史としてはラディカルは過去のものなんですが、自分として思うことは、今アーティストがラディカルになることは難しいと思います。どんなにオルタナティヴなものを求めていっても、それは芸術だし、助成金とったりとか、キュレーターとの良好な関係を持ちながら芸術が進んでいくと、いつの間にか、アーティストたちがキュレーターのパロディになっていってしまう。でも、実はキュレーターはポストモダニズム期にアーティストのパロディとして登場し、ただその頃にはアーティストもアーティストのパロディになっていた。(中略)すると、皆キュレーターになっていく。(中略)そういった中でラディカルを装う、リベラルを装う。それらはちょっと茶番に思える。」
Mr. Shirakawa: 'I'm bit radical I think...'
Mr. Uesaki: In the history, radicalness is belong to the past. I guess that it is difficult for artists to be radical today. No matter how hard they seek to be alternative, it is art. They need to apply for fund, or get along with curators, and then they become parody of curators before they know it. Actually it is curators who became a parody of artists in postmodern, and artists had already became to be curators at that time. Than is, everyone becomes curators. In situation like this, being radical or liberal seems to me farce.
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外山さんから、それでもやっぱり「ものわかりの悪さ」を持って断固として登場したいという話。
上崎さんから、アートのシーンを積極的に避けなければいけないくらい、美術はもう制度化されているという話。
外山さんから、現在の一番の問題は、美術だけでなく他分野でもラディカリズムが壊滅しているということ。ここ20年くらいラディカリズムの復活を模索しているんだけどね、なかなか。と。
上崎さんから、僕はまず大学に所属することをやめてみた。でも流しのアーキヴィストは成立しないので、自分がいかにインスティシューションに属していたかを感じる。という話。
外山さんから、流しの演劇人だったら、岸井大輔さんは家もないし…ラディカルかもしれない。という話。
Mr. Toyama said that he himself wanna be thought as disobedient.
Mr. Uesaki talked art is institutionalized to the extent one should avoid art scene.
Mr. Toyama: 'The major problem nowadays is not only in art, but also in other disciplines radicalism has disappeared. I've been trying to revitalize radicalism however...'
Mr. Uesaki: 'I quit job at the university as the first step. However, independent archivist cannot exist. I realize how deeply I was involved in the institution.'
Mr. Toyama: 'if you think theatre, Daisuke Kishii might be radical, he doesn't settle one place.'

話は尽きる事無く、外山さんが20歳くらいからストリートミュージシャンでそれで食うことを覚えた、という話から、流しのアーキヴィスト、インディペンデントアーキヴィストの実現可能性の面白おかしい話へ…。
The discussion went on and on.
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その後、会場からも質問や反論などがありました。
There were questions and objections from the audience.
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先ほどさらっと「イェンから日本語で質問があった」と書きましたが、もちろん彼女は日本語が話せません。
元々数日前にドイツ語が堪能なイェンがドイツ語で作成していた質問「ラディカルは過去のものだと思いますか?」について。イェンからは私に「その一文を日本語にしたいんだけど、英語に置き換えることに難しさを感じた」という英語での相談がありました。もちろん彼女は英語も堪能ですが。(私はドイツ語が全くできません)。2人で話しながら考えてみましたが、本人としてはドイツ語から直接日本語に訳したい、という答えに辿り着きました。
そこで、中央大学でドイツ語とドイツ文学を専門に教えてらっしゃる縄田雄二教授に助けていただくことにしました。縄田教授は、大学での講義にイェンをゲストとして招いてくださった方で、今回のプロジェクトについてもご存知です。縄田教授に改めてコンテクストを伝え、日本語でもドイツ語でも話し合いました。
Though I wrote 'Yen asked the question in Japanese' earlier, she doesn't speak Japanese.
A few days ago, Yen was writing the question in German which she is fluent. Yen came to me asking 'I found it difficult to translate the sentence into English.' (She is also fluent in English.)
We decided to translate original German sentence directly into Japanese.
Then we visited Prof. Yuji Nawata at Chuo University who is majored in German literature and had invited Yen to a lecture as a guest.
We discussed how to translate in Japanese and German.

結果的には非常に簡単な一文となったわけですが、このプロセス自体から私は、イェンが以前から考察している「複数の言語を介するコミュニーケーションや翻訳において発生する誤読や誤解」を孕みながら、近代化の道を歩んだ韓国や日本の状況そのものを、思わずにはいられなかったのです。
As a result, it became a simple English sentense.
However, the process made me think of the situation of modernization of South Korea and Japan which developed with misinterpretation generated within multilingual communication and translation.

モデレーターとしてマークルさんが選ばれたのには、彼の母国語が英語であることももちろん関係しているでしょう。そして、私がイェンのステイトメントを日本語で“彼女として”読み上げたこともです。
The reason why Mr. Maerkle was chosen as the moderator is probably because his first language is English.
The role I played that reading aloud Yes's statement in Japanese as her is also related to this issue.
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この文章を書きながら、彼女の今回のプロジェクトがいかに複雑な構造であるかを認識しています。また多層的であるために複数のフックがあり、そこに反応してくれたさまざまな分野の人々との交流が生まれた事実も非常に興味深いものでした。インスティテューションではなくアーティストが企画する「非権威的」なディスカッションが作り出す開放的な場も目の当たりにしました。これは自分にとって大きな発見でした。
Writing this article, I am reminded again how complexly her project was structured.
It was also very interesting to see that these multilayered structure involved collaboration and discussion with inter-disciplinary professionals.
It was discovery to me to experience the time that is created by unauthoritative discussion organized by artists, not by institution.

さてさて、彼女の壮大なプロジェクトはもちろんこれで完結するわけもなく…本人作成のHPの更新に今後もぜひご注目いただければと思います。
Yen's ambitious project is ongoing.
You can follow her project on the website she made.

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写真:加藤甫
Photograph: Hajime Kato                                                                                                                                                                                                                    

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by arcus4moriya | 2016-11-26 16:00 | AIR | Comments(0)


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