11/13 アーティストトーク×服部浩之
今日はオープンスタジオの3日目。オープンスタジオでの制作経過の公開にあわせて、アーティストたちの制作の背景や生の声をきくために、ゲストキュレーターの服部浩之さんと3人のアーティストによる個別対談を行いました。

15時に始まったトークは、まずマレーシアからのガン・シオン・キンのスタジオにて行われました。
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ガンは今回、「PLAY(遊び)」「WORK(仕事)」「HOME(家)」をテーマに、様々な人や活動を対象に1分程度の映像を制作し、インスタグラム上にて公開する”yarimoriya”というプロジェクトを行っています。


ガンは、マレーシアでは普段、絵画を制作していますが、今回のレジデンスでは映像制作に集中していました。服部さんから、まず、絵画と映像との間にある考え方や制作の違いについてガンに問いかけがあり、
トークは始まりました。
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ガンにとって、絵画制作と映像制作の根底にあるのは同じこと。”遊ぶこと=PLAY”を追求しているとのことです。ただ、根底は同じでも、制作手法も表現されているものも全然別もので、複数の表現手段を自分のなかに持っていることの重要性が語られます。絵画においては、絵画の歴史や学術的な意味、絵画それ自体が持つ暗黙のルール。絵と対象物の関係性などについて絵画を用いて遊び。映像では撮影や編集テクニックに表れる表現の多彩さや感覚的な部分で遊ぶこと。絵画と映像において、両方が直接の関連性があるわけではなく、どちらも表現の在り方として別々のこと行い、新しい意味をつくることが出来るとのことです。
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ガンにとって新しい意味をつくりだす挑戦は、今回の滞在は40代にはいってからのレジデンスもでした。ずっとマレーシアで絵画の制作を続けていて、常につきまとっていた不安や恐怖がようやく40歳をすぎて、乗り越えられるようになってきた為に今回レジデンスに挑戦することなったとガンから語られます。
そのなかで、服部さんからレジデンスならではと見られかねない今回のプロジェクトに取組んだ意義についての質問があがります。
ガンはマレーシアにいるときから、今回のレジデンスでは絵画ではなく、映像制作に集中する時間にしたいと決めていたとのこと。形式にはこだわっておらず、映像でどのように経験や物語、周囲の人々や物事との関係性をつくれるかに集中することを目標にしていたとのこと。今回の映像制作では、まず自分や他者の経験を混ぜ合わせることが目的としてあり、インスタグラムを用いたのは、この経験を共有するためのフォーマットとして適していたからです。
先ほども言ったように、ガンにとっては制作において、絵画も映像でも、ルールやフォーマットをモチーフに手を加えて遊ぶことがモチベーションのひとつとなっていて、建設的になにかを壊していくことが、ガンが重要視している点でした。
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今回の滞在ではガンは1枚も少しも絵を描きませんでした。ガンは絵を書く為のルーティン(決まりきった行動)が滞在中には出来ないからだと理由を伝えます。彼にとって絵を描くことは自然な行為ではなく、マレーシアでの自分のスタジオや、時間の流れなど定まった環境、その環境に強制的に居ることが必要であるとのことです。
ただ、最後に、今回の滞在をきっかけにまた制作のリズムや制作方法について思うところがあり、次にどこかのレジデンスに滞在したら、今度は絵を描くことが出来るかもしれないと語っていたのが印象的でした。

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次にエルネストのスタジオに移動します。
エルネストは今回、日本の自殺率の高さに着目し、そこから日本人が持つ死生観について調査し、インタビューや映像による記録をまとめるプロジェクトを行っています。
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中米の小さな国エルサバドルから来たエルネストに、服部さんはまず彼の背景やエルサバドルの環境について問いかけます。
彼はこれまで、そして今回の滞在でも、死や暴力または記憶など重いテーマのもとに制作を続けてきました。どのように彼がアート制作を始めるようになったのか。
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エルネストは自分が労働階級の出身であり、またエルサルバドルには絵画を勉強できる学校がひとつあるだけで、現代美術を教わる環境がないこと。そのため、大学でアートを学ぶことは出来ず、
自分で詩の制作からはじめて、その後に段階的に彫刻やインスタレーション、様々なアートの表現方法を自分で学習・習得していったことが伝えられました。
また、エルサバドルは社会が安定しておらず、誰かの死・悲報を聞くことは日常茶飯事であり、毎日のように十何人も人が死んだことを伝えるニュースが流れてくること。
生きること自体が過酷で大変な状況であることが伝えられます。
そんな国で、彼は自分の表現を通して、まずその生きること自体が難しい現在の状況を伝えること、生き抜く為に、生きることの意味をつくりだすことをアートを通じて実践していることが語られます。
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つづいて、服部さんのプロジェクトへの質問から、今回のプロジェクトの全貌が語られます。
実は今回のエルネストのプロジェクト「infinite memory(無限の記憶)」は、更に大きなプロジェクト「Museum of Infinite(無限の美術館)」の一部であり、その中では、アートだけでなく、物理学や数学との関係についても言及されています。
アートは、物理学や数学または建築など、様々な事象をつなぐプラットフォームであり、物事をつなぎあわすコアとなる想像力を補うものであるとのことです。この想像力があれば、無限にものごとはつくることができるのじゃないかとの考えからこの大きなプロジェクト「Museum of Infinite(無限の美術館)」は始まっているとのことです。そして、無限ということへの探求、無限を探求することは、永遠に生きること、存在しつづけることを考えていくことであるとエルネストは言います。そこで、今回の滞在で取組んだ大きなプロジェクトの一部をなす「infinite memory(無限の記憶)」では、エルサルバドル出身の1人の人間として、人が持つ欲求や目的、記憶とはなんだろうか。記憶はどういうものなのかということを知るために始まったとのことです。エルネストは人の記憶は人の死に直接的に関係していると言います。
誰かに覚えていてもらえること。あなたが死んだあとも、誰かがあなたのことを覚えていることは、死や生を超越することであると。身体的な死が人の終わりなのではなく、記憶に残ることがその人が永遠になることと繋がるのであれば、人は存在し続けることが可能である。その記憶を残すため、記憶と人の死の関係を構築するために、アートの力・想像力を用いるのです。想像力には制限がなく、想像することで様々な事象と物事の関係は繋ぐことが出来るとエルネストは言います。

最後に、服部さんから今後のプロジェクトの展開について質問が飛び、エルネストからは、いまは作業中のドキュメンタリーであるが、今後、映像を中心に、写真・エッセイや詩がはいり、ステートメント、ある提言として提示したいことが伝えられ、また3歳になる自分のこどもに生きることは難しいと伝えたいことが語られました。あわせて、この大きなプロエジェクト「Museum of Infinite(無限の美術館)」のなかでは、今後、建築や映画、時間などに関する多様なプロジェクトで構成されていくことが明かされ、壮大な計画が伝えられました。



最後にイェンのスタジオに。
イェンは今回、日本のダダの活動のリサーチから始め、オープンプロポーザルを発表し、参加者と共同で「マヴォについて話さない?」というタイトルのもとでプラットフォームをつくりあげるプロジェクトに取りくんでいます。
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他の2人と同様に服部さんからは、まずイェンのバックグラウンドについての質問からトークは始まりました。
イェンは滞在前には、オーストリアにて制作を続けていました。何故、彼女が韓国からオーストリアに移り制作するようになったのか。そこから話は始まりました。
韓国に居たころから常に、韓国を離れることを考えていたイェンは、当時、読んでいたエルフリーデ・イェリネクやミヒャエル・ハネケによる小説から影響をうけ、ウィーンに移り住むことへの興味を高めていました。韓国で美術大学を卒業し制作を続けるなか次の展開を模索してイェンは、アクティビストやフェミニストたちが実施している様々なリーディンググループに参加する日々のなかで、突然、オーストリアに行くことを決めたとのことでした。
韓国にいた頃から、読むことや翻訳の問題に関心があったイェンは、韓国でもテキストを読む行為による”リーディングパフォーマンス”行っていました。しかし、オーストリアに移住し、オーストリアにてドイツ語を習得するなかで、表現方法や、自分の行為の呼び方を”スピーチパフォーマンス”へと転換していきます。自分のつたないドイツ語でテキストを読む事をパフォーマンスとして発表する際に、言語や書かれていること、読まれる言葉を理解するのものではなく、”話す”という行為そのものへと主眼を置き、話すことを身体的な行為として捉えることから、パフォーマンスの形式をスピーチパフォーマンスとして変更していったとのことです。話すことを通して、言語やコミュニケーションの問題を扱っていました。
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ここから、今回のプロジェクトについて話が進んでいきます。
コミュニケーションと言語やテキストの関係について考えていたイェンはアーカスプロジェクトでの制作に対する最初の提案で、ウォルター・ベンヤミンの「翻訳者の使命」というテキストや、それについて書かれたヒト・スタヤルのテキストに言及していました。また韓国の現代詩人、李箱(イ・サン)と日本の現代詩について、そこからヨーロッパと日本、また韓国の関係について考察することを目的にレジデンスに参加します。あわせて、渡航前にウィーンで、彼女の先生からMAVOについて教わったとのことです。
そこから、MAVO,李箱(イ・サン)、日本と韓国の関係などとあわせて、どのように歴史がつくられるかどうかへの探求が始まります。
MAVOを題材としたのは、日本の美術史のなかで、MAVOはまだ体系的に歴史化されていないためであると彼女は考え、また、西洋の影響をうけて体系的に歴史化される日本のアートムーブメントと、その日本のアートムーブメントを輸入し体系化される韓国の歴史、どちらにも属していないからだと言います。そのため、自分達で新しい方法で歴史的事実にアプローチできると考えていました。
ここで服部さんから、イェンが今回おこなっているプロジェクトは、過去に彼女が1人で行ってきたスピーチパフォーマンスとは異なり、多くの参加者の介入があるプロエジェクトになったことに話題が広がりました。
イェンとしては、1人で全てを決めるプロジェクトの進め方とは異なり、どのように進むかわからない部分もあり不安もあるが、テキストや本を介した新しいコミュニケーションの場をつくること。参加者と共に読む行為や共有する行為が発生する場所をつくることで生まれるコミュニケーションについて表現に適していると感じたようです。またオープンプロポーザル形式としたのも、ウェブサイトをつくったのも同様に参加者が主体的に参加できる場をつくることを可能にしていました。
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最後にトークを聞いていた方から、今後の展開や今回の活動をどのように記録するのかについての質問があると、イェンにとってもそこは今までもこれからも同様に、どのようにパフォーマンスの記録をドキュメントしていくのか、なにをドキュメントとするのかは課題であり、行為そのものの記録ではなく、オブジェクトや作品として残していくことを検討していると回答がありました。

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15時からはじまった今年のアーティストトーク×服部浩之は、予定していた18時の終了時間を延長し、19時近くまで続きましたが、各アーティストの制作に至る背景や、プロジェクトに対する考え・思考の一端を覗くトークとなりました。














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by arcus4moriya | 2016-11-13 15:00 | AIR | Comments(0)
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