11/15 関連企画『サイト/地域に特化するとは?-アーティスト・イン・レジデンスと国際芸術祭』-2
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(※ここでは三部構成でお届けします。なお、2時間に及ぶ各発言に即していますが記録構成上、部分的に表記編集・割愛部分があることを予めご了承ください。「アーティスト」を掲載文字数の関係上「作家」、「アーティスト・イン・レジデンス」を「AIR」としています。)

遅ればせながら、こんにちは。石井です。ディスカッションは飯田さんモデレーションのもと、2時間繰り広げられました。

たくさんの人が関与できること、もしくは「参加する」こと「参加をよびかけること」について前半をふまえて話題を深めます。
「参加型」と呼ばれることについて、それは作品成立の為の指標となるのでしょうか。そして作品の強度は参加者への強制力の枠組みの強弱に基づく構造によるものなのでしょうか。作家名義の強弱、「作家の作品」と呼べる反面、「参加者」が素材の一つとなりかねないのでしょうか。
ディスカッションは続きます。



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「作家の制作活動で使い、市民活動でも使うという施設で継続しているアーカススタジオがあるとはいえ、いきなりやってきた海外芸術家と呼ばれる方々が活動しているものに自然発生的に、躊躇なく食いついていく市民の数は全体的に少ない。きっかけがなければただ同じ場所を使い合うだけになり、参加型プロジェクトもフレームを用意しておいたとしても多分誰も参加せずに終わったりすることもあると思います。」

という小田井さんの意見を受けて、飯田さんが続けます。
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「最終的に作品としての評価基準(クライテリア)を設けることが難しいのは、AIRで第一義とされるのは『作品を完成させる』ことではなく、制作自体やそのためのリサーチや考える時間が主だからではないか。(展覧会を最終成果とするAIRもあるが。)一方で、制作に参加しようがしまいが実は市民には関係がない。横目に『あ、海外から人が来ているな』と映るくらいでも良いのかもしれない。しかし形のない活動を認めていく場所も必要だからこそAIRの存在には意味がある。『形のない、無形化されたアクションや行動自体』が作品になることも増えていることが、AIRと展覧会、或いは芸術祭とが結びつくようになってきている理由のひとつのではないか。『地域として参加する』ということも、形のないものが参加することといえる。同様に、演劇やパフォーマンスなどモノとして物理的な形がない作品も参加しやすいプラットフォームとして機能しているのではないだろうか。参加を積極的によびかけたり、参加しやすいしかけを作ったりする必要性はあるのか。作品が無形化してパフォーマンスや演劇に近接していくと、地域(の人々)が参加しやすいという現象は本当に起きているのだろうか。」

参加の入口はどこなのか、星野さんに質問します。

「演劇や映画という、必然的に多くの人を巻き込む形式を導入し、その結果、沢山の人が関与するケースもある一方で、『参加』そのものや『参加してください』という呼びかけは、場合によっては複雑な気持ちにさせられるものだと思う。『参加してください』という枠組みを提示して、もちろんそこに喜んで参加してくれる地元市民がいる一方で、『それはちょっと……』とためらう人もいる。それ自体は悪いことではない。仮にそれを『強い参加』とすると、それとは異なる『弱い参加』(という言い方が適切かどうかはわからないが) の仕方、例えば、ゴンザレス=トレスの作品のように、オブジェクト状に積まれた紙を『持って帰っていいよ』という『弱い参加の仕方』もある。持って帰る人が見られるわけでもなく、ある作品に対してちょっとだけ主体的、能動的になる、そんな『弱い参加』の方がうまく機能するケースもある。
『参加型』の作品を考えるとき、『強い枠組み』ならば沢山参加してくれるだろうし、実際に成果としても指標が見えやすいが、実際にはもっと「弱い枠組み」の参加型作品や、更に言えば『参加型』と謳わないような作品であっても見る側になんらかの反応を及ぼすはずなので、『参加型』それ自体が良いものかどうかは微妙なのでは。」
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星野さんは参加することへの枠組みについて答えました。
飯田さんが例を挙げます。

「確かに『参加してください』という掲示があると、参加してアクションしてあげないと作品が成立しないのだろうなと気がかりになる。極論をすれば、観客/オーディエンスがいない作品=見る人が参加していない場合、作品としてその枠組みは成立していない、という考え方もある。『強い枠組み』の参加は、人にフィジカルに指示を与え強制力が強くなる分、その作家の作品としての度合いが高くなる。だからこそ制作者であるその作家の名義を全面に出しやすくなり、参加する人が素材化されていくという構造が見える。逆に『弱い枠組み』は強制力が弱い分、ソフトで参加しやすさがあり、作家の名義や権威が強く出てこない。オーディエンスのとる行動はミニマルになり、作品のタイプにもよるかもしれないが、作家はそれを『僕の/私の作品だ』と大声で宣言するようなものにはならないのでは。」

そこで制作過程においていろいろな参加者を募った今年のレジデント3人に話を聞いてみることに。まず飯田さんの3人への印象が話されます。

「アンガーの場合は記憶を収集するために参加者が絶対に必要であったし、参加してもらう前提で制作をしっかり進める枠組みの強さがあったと思う。ステファニーは日本人になろうとするプロジェクトで同世代の日本人女性を募集したものの、ものごとがどう展開するか自分でもわからず苦労しただろうという点で『弱い枠組み』の参加だったのでは。そしてエドゥアルドはその中間で即興的だが、過去に同じメソッドを使って作品を一度完成させている。偶然の出会いをも呼び込むフレームを作ったエドゥアルドは、日系ブラジル人の学生と日本人の高校生をオーケストレーションする役割だったのではないか。

では、三者三様の参加方法について、地域の人々との関わりやその枠組みの強弱はどうだったのでしょうか?チャレンジングだったこと、実際やってみてどうだったか、思ってみたこととやってみたことの違いについて聞いてみましょう。」
と各作家にマイクがわたります。
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エドゥアルドは二校の生徒たちとワークショップを進めていく過程を、ゲームのチェスを楽しむようだった、と例えます。ある駒を使ってそこに当てはめていくような感じ。即興的な言語で何か指示を与え、次に何をするかはそのあとに考え、自分の進めたい方向性が明確にあってもそれを(参加する生徒たちに)あえて言うことはせず、説明することをなるべく排除した、とも。ただなんとなくその方向へ行くようなヒントは与えていた、そして次に何が起こるかをみていたという感じ、と答えます。
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ステファニーは、最初にある程度のフレームワークや方法論をがっちり決めてやろうとしたことが逆にやりにくくなった。提示したものをやっていくにつれて自分も参加している状態になっていき、自分が感じた経験や会話のやり取りがコントロールしきれなくなったことから(参加者の反応に対して)フレームワークを持つことをやめ、自分がここにいて何を感じたかを優先するようになった、と答えます。
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アンガーの場合、フレームワークは大事だとは思うが、方法や人とのやり取りは基本的に有機的なもので地元の参加者をモノとして消費することはするべきではないし、出来ない、と。作家と参加者の立ち位置は平等で、お互いに何か学んでいくものであり、お互いに思っていることを共有するのもプロセスなのではないか。それを進める為のフレームワークは多少必要で、そのフレームワークの上で交渉したりしている。いわゆるSocially Engaged Art (社会参加型)系の現代美術ではプラットフォームを作る可能性が非常に高く、結果よりもプロセスが大事である。例えば今回のプロセスも別の場所で10年後にやったら違うものになるだろうし、お互いに成長する機会なのではないか、と答えます。

飯田さんが問います。

「作家にとっては学びの経験になると思うが、では守谷市民や地域の人たちにとって作家がいる意義とは。作家とのインタラクションによって実際に何か得るものはあるのだろうか。案外コミュニティは元々そこにはなくて、作家というエイリアンが来ることによって、地域の人々がこのコミュニティの存在に気づいたりするのだろうか。

スタッフの立場から見た場合、AIRの活動は地元の人々への影響はあるものなのでしょうか?」
と、作家と関わりながら見えてくるものについて、コーディネーターにも質問がされました。

まず藤本さんから答えます。
「それにはいくつかのレイヤーがあり、得ているという人は何人も名前が挙げられます。アーカスにいると、作家に関わったり作品に参加したりする方が絶対に得るものがあると思ってしまう。なぜならそういうフィードバックを直接参加している人たちから受けているから。良い場合がほとんどで、悪い場合もそれはそれなりに影響だと思う。
最初に仰っていた、地域として、守谷市というエリアとして影響はあるか?に関しては…私たちには、市役所や県庁からそのような成果をなるべく数字で、もしくは数字じゃない場合も言語化して報告する義務があるので、もちろん表明しているが、その中で具体的に挙げられる地域としての影響の例はあまり多くないです。もうちょっと身近な、小さないろいろならあります。
例えば、ここではまだ土地開発の最中にあり新たにマンションを建てるときのパンフレットに(土地開発系の企業から)『町のイメージアップに直接つながるのでアーカスプロジェクトを町で行われている文化事業として宣伝に入れさせて下さい』という依頼もあったりします。イメージではないでしょうか。移り住む人たちの多くは、芸術文化事業が『ある地域』と『ない地域』では、ある地域の方が好ましいとイメージしているのでしょう。
アーカスができる前の元々住んでいる人たちで、かつ、アーカススタジオに来たこともなくて、それほどの興味のない人たちへの影響はゼロの可能性もあります。ただ、時々面白いと感じるのは、市内のタクシー運転手と話していると、アーカスってあるよね、なんか外国人がいるよね、と言われる。ネガティブでもポジティブでもなく、ただ、でも受け入れているという現実がある、そういう人たちの割合がいちばん多いのではないか、と。「何かやっている」ということをごく自然に受け入れていて守谷は許容力のあるエリアに今なっている気がしました。」
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私も答えました。

「まず『地域に特化する』と言ったときに、近隣自治体を含む茨城県南地域を指すのか、もしくは守谷のみを地域と絞るのかによって話も変わってくる感じがしています。なぜならばアーカスプロジェクトには、サポーターというボランティアとして関わって下さる人たちがいて、その中には作家の制作に関わってくれる人、もしくはイベント自体に参加してくれる人、事業を協賛してくれる企業スポンサーなども含め、関わる人を全てひっくるめてサポーターと呼んでいながら『アーカスプロジェクトに参加して下さい』と実際に謳っているから。例えば、市内にイベントをお知らせする為の回覧封入作業のように、ちょっとした私たちの運営に携わることにまで参加して下さる方々もいれば、海外から作家がやってくる季節になると、その作家と何か一緒に関わりたい、と言って率先的に参加するサポーターなど様々いる。そのとき興味深いのは、守谷市民よりも近隣の自治体からの参加者が多く、常総市やつくばみらい市、取手市など、周辺に文化事業があっても守谷のアーカススタジオに来たい、と関わる人が多い印象がここ数年あると感じている。『地域』をどういう枠組みで言うかによっても、影響力の判断の仕方も、どう表明できるのかな、と疑問に思っています。」

各コーディネーターのコメントから、飯田さんがまとめたことを通じて星野さんに聞きます。
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「ここで重要な指摘が出たので要点をあげると、アーカスという場所、守谷という場所、守谷の近隣の市という場所、という違う場所があるということがわかりました。『ある場に固有である』ことを意味するサイト・スペシフィックという言葉がアートの文脈では英語のままカタカナで使われるようになっていますが、その定義が年々ずれてきているのではないでしょうか?物理的な『アーカス・守谷市・近隣自治体の○○市』という場所と、アートの文脈におけるサイト・スペシフィックとの間にあるズレについて、語源的な成り立ちも含めて補足説明をお願いします。」
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「いま飯田さんが仰ったことは今回のオープンディスカッションの出発点でもあり、重要な話です。
サイト・スペシフィックという言葉が美術の文脈で定着していますが、これは『サイト(Site:場所)に固有の』という意味ですね。けれど、今日ここまで出た話はすべて『リージョナル (Regional:地域の、地方的)』な話です。そもそも『サイト・スペシフィックである、ある場所に固有である』という言い方は1970年代にさかのぼりますが、当時はロバート・スミッソンをはじめとするアメリカのアーティストたちが、美術館やギャラリーのようなホワイトキューブの外で作品を展示しはじめた時期です。そのとき念頭に置かれていたのは、真っ白でフラットなホワイトキューブの空間に対するアンチテーゼでした。そもそも『サイト・スペシフィック』という言葉には、そうしたコンテクストがあるわけです。
他方、今ここで問題になっているのは『リージョナル(地域的)』なことですから、実はここには言葉の混同、ないし取り違えがある。だから、それについて話す場をもたなければならない、ということが最初の飯田さんの問題提起だったと思うんです。」

飯田さんが続けます。
「もうひとつ問題があるとすれば、国際芸術祭ですね。そこには『地域』と元々の語源の『サイト』、そしてホワイトキューブ的な場所の三つがあるということ。主に野外メインで開催している、例えば大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ瀬戸内国際芸術祭、などの場合はリージョンで規定されますが、美術館やギャラリースペースを使う芸術祭の場合では、サイトとリージョンの両方のサイト・スペシフィックがあることが混乱の原因でもあるように思います。
さらに、本日関係者の方々がリサーチに来られていますけれども、来年KENPOKU ART(茨城県北芸術祭)もこの地域で始まります。ギャラリースペースで完成された作品を見る芸術祭なのか、あるいは野山、屋外、自然のなかでロバート・スミッソンのようにある場に介入していくのかによって、ずいぶんスペシフィックに向き合う相手が違うということがこれまでの話でまとまってきました。
そこでAIRという場はどのように変わっていったら良いのかについても話し合ってみようと思います。AIRはプロダクション、つまり制作のための場であるべきで、美術館や展覧会というプラットフォームはできたものを見せる場だとして、AIRで作ったものが展覧会で作品として見せられるような流れは望ましいと思いますがあまりないですね。どうしてその流れができていないのか、小田井さんはどう思いますか?」

飯田さんの問いに、小田井さんが答えます。
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「痛い…。イタい質問ですね。そもそもAIRが事業化して目指すところが作家の将来的なキャリア育成や、卒業後の作家のための、ひとつの場であるという言われ方をしていて結局、作家のための『場と機会を提供する』という特定の人のためだけに向けた事業。日本ではお金の出どころの問題もあり、『地域活性化』というところに結びついていったり、参加型のプロジェクトをやるという動きといつしか混同していったり、という中にきているのでは。実は日本にAIRが入ってきた初期の頃の作家の作品は美術館に所蔵されることや、国際展で再展示されるようなことは起こっていた。だけど、確かに私もつぶさに調査できていないので完全な答えではないが、ここ最近はないかというと、ソンミン・アン(※)はどうでしょう。4年前アーカスにいた作家が滞在中に制作した作品がシンガポールビエンナーレに出展し、そのままコレクションになったという事例はあります。しかし、それも私が偶然いた時なのでその後の追跡は容易にできたが、意識的にAIRを経験した作家たちがその後ここで滞在中に作ったものをどう展開していったかはちゃんと追えていないかもしれないです。シャロン・ロックハートの《GOSHOGAOKA》はわりと初期の頃に横浜美術館にも所蔵されています。」

(※補足:小田井さんがディレクターの年に招聘したソンミン・アン(2010年度招聘作家) の成果は、守谷市民が出演する映像作品「Be True To Your School」としてオープンスタジオで発表され、翌年の国際展に出展、シンガポール美術館へ所蔵された経緯があります。)

飯田さんから収蔵される作品の傾向についても話されました。

「やはりそれは形のある作品、造形物や映像だと収蔵されやすいですね。パフォーマンスなどは(記録映像を除き)収蔵されにくい傾向がありましたが、星野さんも指摘されていたように、近年の潮流としてパフォーマンス、演劇、Socially Engaged Art、ファインアートが互いにだいぶ近接してきている現状があるように感じますし、この3人の中でも特にエドゥアルドはまさにそういう作品を作ってきているわけで…。」

と、エドゥアルドに何かあるか聞こうとしましたが、隣のアンガーにマイクが渡ります。突如アンガーから質問。
「今回、作家からの意見や運営している人からのAIRについての意見も聞いたが、守谷に住んでいる市民はAIRについてどんなインスピレーションを受けているか、得られているものはあるのか、実際のところ聞いてみたい。」と。

…ディスカッションは続きます




(写真:加藤甫 ※1枚目を除く)
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by arcus4moriya | 2015-11-15 16:57 | AIR | Comments(0)
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