11/15 関連企画『サイト/地域に特化するとは?-アーティスト・イン・レジデンスと国際芸術祭』-1
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オープンスタジオ2日目は、オープンディスカッション
『サイト/地域に特化するとは?-アーティスト・イン・レジデンスと国際芸術祭』を開催しました。

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こんにちは。石井です。もうふた月も前のことになりますが、今年度のオープンスタジオ関連企画に関してブログを更新します。毎年、様々なテーマを掲げ関連企画を実施するオープンスタジオ(以下OS)では、作家や研究者、異分野のゲストを招きその時勢に着目した関心事に基づき議論を展開しています。今年は、ゲストに星野太さんと小田井真美さんをお招きして、作家がおかれる状況・地域からわき起こってくる昨今の地方の「芸術祭」と「アーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)」との関わりについて今年度のゲストキュレーターでもある飯田志保子さんモデレーションのもと、2時間のディスカッションが繰り広げられました。
(※ここでは三部構成でお届けします。なお、2時間に及ぶ各発言に即していますが記録構成上、部分的に表記編集・割愛部分があることを予めご了承ください。「アーティスト」を掲載文字数の関係上「作家」、「アーティスト・イン・レジデンス」を「AIR」としています。)

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実は元アーカスプロジェクトの4代目ディレクター (2010-2011年度)だった小田井さんは3年ぶりの守谷帰郷です。現在は札幌のレジデンス施設「さっぽろ天神山アートスタジオ」でディレクターをしておられ、札幌国際芸術祭2014では飯田さんらと芸術祭を創りあげた方でもあります。そして星野さんも実は常総線沿線付近に住まわれていたそうで、茨城にゆかりのある美学/表象文化論の研究者であることも発覚。研究対象として場や地域について考えている星野さん、AIR勉強家の小田井さんからここの印象を。
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小田井さんからはあたたかいお言葉が。
「3年ぶりにアーカスプロジェクトの現場に戻ってきました。ここでの2年は濃くて、AIRを考えるときにいつもスタンダードになっており、そこからAIRの有様や未来を考えていました。3年ぶりのOSの雰囲気は変わらない部分と、見たことのない来場者の存在に感激と動揺があります。(レジデントの)3人の活動も、ここに来て何を見て何をしようとしてきたかがわかる非常に素直なOSの様子を見てほっとしました。アーカスらしさが3年経っても引き継がれ、つまり招聘作家の活動を中心に据えて、その活動に寄り添う形でコーディネーターの仕事があり、地域の方と共有する場を持つ、非常に素直なレジデンスを目の当たりにして私も初心に返った気持ちです。」
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星野さんからの感想は、というと。
「自分の地元は、実は下館という常総線の終点の駅です。なので守谷という地名は昔からよく知っていたのですが、具体的には守谷中学校のバスケ部が強かったという思い出くらいしかなかった(笑)。地元に高校生まで18年も住んでいたのに、数ヶ月レジデントで来ている作家たちの方が自分よりも守谷のことを詳しく知っているというのは考えてみれば不思議なことです。そしてアーカスの存在ももちろん以前から知っていましたが、来るのは初めてです。OSは活気があり、とても良い雰囲気だという率直な感想を抱きました。自分は、普段は主に大学で研究をしているので、作家やキュレーターと仕事をする機会は多くても、現場でこうしたOSがどのように行われているのかは、実際に来てみないとなかなか見えないものだと思いました。」
と言って参考資料を紹介してくれました。
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そして、飯田さんよりお題を発表。
「『サイト(site)』はある場や敷地を示しますが、『地域 (region)』はもっと広義で場所としても広く、場合によってはそこに住む人々をも指します。サイトと地域の違いについて念頭におきつつディスカッションを進めます。
2000年代以降、国内でも国際芸術祭が増殖しつつある一方で、アーカスのようなAIR施設も90年代以降同様に増えています。そしてそれ以前から日本全国に様々な美術館も存在しています。『ある地域に特化する』という点ではいずれも(国際芸術祭・AIR・美術館)各自のミッション=使命をもっています。
どうやってその地域に深く関わり、そこにエネルギーを注ぐかは、これら三つそれぞれ関わり方が違います。しかし近年、いろいろな芸術祭で展示される『その地域に関わって作られた』作品や、各地のAIRにおける作家の活動を見ると、本来その地域に固有(スペシフィック)なものを期待されているはずであるにも関わらず、各地で似かよった作品が展示されていたり、他の地域でもできる活動が行われていたりするなど、ある場に固有(サイト・スペシフィック)であることと地域に特化することがいろいろな所で混乱している傾向が見受けられます。

作家の作風による理由なのか、依頼する主催者や美術館などが求める結果のためなのか、または地域の類似性に原因があるのかなど様々な背景が考えられますが、時と場合によって、作家の問題提起や表現が似てしまう場合も少なからずあります。そこでまず『作家が茨城という地域で固有の活動をするとはどういうことなのか?』について考えていきます。作家が滞在中に作ったものや後に完成した作品が美術館や芸術祭などで展示されるようになった時、つまり制作の場から完成したものが見せられる場に移行動する過程で、作品が変わっていくことも多々あります。様々な場所に作品/作家が移動する時代に私たちは生きているという前提を共有したうえで、ある地域に特化する、固有なものを生み出すというのはどういうことなのか、ゲストとレジデントアーティストに加え、現場のコーディネーターの声も聞きつつ進めていきます。」

飯田さんの今回のトークに至った背景をご説明いただいたあと、質問が始まります。
「今日のOSで見ていただいたもの=作品とは呼ばない、アーティストが考える思考のプロセスをみせるというのは馴染みがないと思いますか? OSの期間に思考を見る機会はなかなかないと思いますが...」
との問いに対し、星野さんは、
「美術館やギャラリーでキュレーターが作品について説明してくれたり、出来上がった展示や作品について作家と話すことはそれなりにあるが、確かにスタジオで制作のプロセスを見たり聞いたりするのは、考えてみたら普段あまりないこと」と述べられました。
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そして作家のプロセスにつきあうのを仕事にしている小田井さんからは、
「いわゆる出来た作品に対して『こういうストーリーの中でこう作ってきました』と、キュレーターが作品を解説するときとは全く性質が違い、つまりあまり振り返れない。OSの中で作家が『こういうプロジェクトを展開しており今はこうだけどここから変わります』という道の途中にあるものに対して説明することの難しさ、または説明を聞き、それを強調したり瞬時に理解するというのもあまり簡単ではない。制作過程というのはそれが整備されきっておらず、ちらかったままにしておくことが必要であるからなのではという理由もあり、今様々なところで行われている参加型のアートプロジェクトもそうかもしれないが、過程を聞く機会はAIRの現場の他では少ないのではないか」
とその希少性について意見が出ます。

飯田さんはそれを受けて、まさに近年の芸術祭における参加型作品の増加傾向について話します。
「できた作品を鑑賞するだけでなくプロセスを見たい、プロセスに参加したい、という思いが鑑賞者の立場にいる人のなかにもかなりあり、それに応えるには芸術祭を主催する側、行政や自治体はどうしたら良いのか。作品を作るプロセスにどうやって人が関わるかの仕組み作りにやっきになりかねない、と。そこで何が起こるかというとーーある芸術祭にある作家が招待され、Aという場所だけに存在する特別な作品を作ってAの地域に住む人がハッピーになる、その場に特化したものを作る。その後同じ作家がBという場所の芸術祭に参加して主催者から同様のリクエストを受け、違う作品を作ったはずが参加する為の仕組みは一緒で、関わる地域の人々や使う素材が変わっただけーーつまり実はAでもBでも同じことをしているのではないか?

更に、ひと昔前の90年代までは、枠組みが同じで中の人間と素材が変わっているだけという指摘はAもBも見ている専門家しか気づかないようなことだったが、昨今のように旅行に行く感覚でかなりの数の人が芸術祭に出かけるようになっている現状がある。また、往々にしてまちなかや屋外に作品があるため、多くの人が出合うつもりがなくても作品と出合ってしまうんですね。もう『専門家だけの少数意見』では済まされなくなっているうえ、『参加する』ことが人のモチベーションや欲望としてある時には、作家は期待に応えようとして結果的にいたる所で作ってしまう。こうしたことは色々な問題をはらんでいるのでは」と。
そこで参加の仕方について例を挙げていただき、どうして似てしまうのか?また参加型プロジェクトについてどんな印象があるか?という問いを星野さんに投げかけます。
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(*ARTiTのウェブサイトで連載されていた、星野さんと田中功起さんの往復書簡が例に挙がりました。具体的には「参加」にまつわる話でしたが、鑑賞者が作品に参加するか否かを問われる場合、その問いが投げかけられた時点で、参加を断る行為さえも「参加すること」に能動的に関与している(既に巻き込まれている)のではなかろうか、という話題でした。)

星野さんからはその問いかけに、
「一般のオーディエンス(観衆)が参加する状況を作家がプロジェクトとして設定する場合、いわゆる『強い枠組み』と、作家の主体性をあまり強く設定せずに、プロジェクトを通じて作家が変容していくような『弱い枠組み』がある。『参加型』の作品がどうして似てしまうのかといえば、『参加』を目的化すると、その方法上のバリエーションは当然限られてしまうから。もちろんそれぞれ個別的な違いはあれど、『これは参加型ですよ』と言って観衆の参加を前提としたロジックを立ち上げた時に、そこで取れる選択肢は限られてしまう」と答えます。

飯田さんは、
「参加が目的化するということについて、そこで出来上がる作品はどうなるのか? 参加し、それが達成されたらそれは作品としても完成されたものと考えられるのだろうか」と問います。
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星野さんによれば、国際芸術祭を行政が主導していく場合、当然どんな効果をもたらしたかがひとつのミッションになるわけで、これだけの成果(参加)があった、ということがひとつの基準として抽出される。以前、Nadegata Instant Partyの山城大督さんに聞いたことだが、彼らが水戸で行なった映画を作るというプロジェクトはきわめて強い動員力を持つもので、実際にすごく沢山の人が参加してくれたという。それはそれで一つの大きな成果である一方、仮にそれが自己目的化していくと、作品としてのジャッジが二次的なものになり、「これだけの参加があった」という行政的な価値基準による成功/失敗の基準が優先視されかねない。そのため、そこではつねに「美術作品としてどうなのか?」という価値基準を担保しておく必要がある、と。

(補足*「アーティストとの関わりから生まれるもの」の例として、星野さんからは、映画を作ることで多くの方々が参加するというプロセスを作品にしたNadegata Instant Partyの例もあげられました。アーカススタジオでも、2007年度に「フィクションドキュメンタリー映画」を中心とした展覧会「Parallel School/パラレルスクール」があります。)

美術作品としてのクライテリア(判断基準)が置き去りにされているという問題について。一方で行政的な評価基準では数字というが、数字以外にも地域に関わる成果や効果はあるのでは、と。その地域に住む作家に違う刺激がもたらされ、そこの作家が作るものが(良かれ悪しかれ)徐々に変わっていく可能性、そういう成果も数ではない大事な部分であり、地域の芸術文化に影響を与えていくことはあると思う、と飯田さんからも同様に意見が述べられます。小田井さんにも同じく問います。

小田井さんは、「それを次第に心待ちにするような、開催地域に何か変化がもたらされていくことに何らかの希望をもっている感じだ」と続けます。
「星野さんが話していたような作品の選択や成立するところで物理的に第三者が関わる参加型と、アーカスみたいにある特定の地域にアーカスプロジェクトという事業が投下されるというところで二次的に関わることとは、また別の種類の『参加』の仕方なのではないか。一つの開催地域に文化事業が投下されるということは、実は開催地域全体が参加をするように設計されていくような意図があるような気がする。
実際に一緒に作りました、とか制作で例えばインタビューの相手になりましたとか、第三者が素材的にもなりながら作品やプロジェクトや作家の実験に関わるのとは別に、地域の中で変化が起こるとしたら、飯田さんも仰っていたように、似たような創造的活動をしている人たちにも何らかの影響を確実に与えるのでは。そしてシンプルに、自分の住んでいるエリアに何かが起こっていることを知ったら、知らない前には戻れない。知ってしまったことで恐らく何かの影響は必ずあり、受けた影響がどう反応で出てくるのか、を拾っていきたいとは思っている。」
とそれぞれに3人ともそのことの起こりによる影響について言及されました。

更に
「アーカスの場合は、守谷というひとつの地域から、この場所で22年間AIR事業が投下され続けてきて、バスケ部が作家の作品で被写体になったり(※1996年度招聘/シャロン・ロックハートの《GOSHOGAOKA》に出演したバスケ部の中学生。世界中で上映されている。)、この傍らで育った中から今こうやってコーディネーターになってしまった人もいたり。札幌での影響は、同じ世代の若い作家たちが同じようによそのレジデンスに行き始め、作家がやって来るという動きが一つの活動モデルとして地元の作家たちに影響があらわれていることを反応として把握している。でもそれ以外の反応は今のところまだわかっていないが、何か起こっているのだろうと観察はしているし、これから見ていきたいと思っている」
と小田井さんから様々な影響の例が挙げられました。

それに対し、飯田さんが新たに問います。
「では地域としての参加も考慮して、作家や観客が個人で参加するだけでなく、地域としての関わりが今のAIRや芸術祭の現場にはあるとすると、たとえ作品形態が似ていようが、同じコンセプトでいろいろな地域で展開していようが、その波及効果は地域が違うものである以上、違う結果が自ずと出てくるだろうとも考えられるのでしょうか」と問いかけます。

「美術作品としてのクライテリア(判断基準)だけで作品を観ることや体験することが出来るグループは意外に小さいが、参加する、或いは、あるという事を知る体験はとても分母が大きい。それだけの違いのような気もするし、恐らくどこに向けてやっているかという対象の違いによって評価の指標や視点が作られていくのではないか」
と、小田井さんは答えます。
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これらの意見から、
「地域として参加して波及効果を得るには、かなりの年月が必要で長期戦でないといけないのでは。アーカスプロジェクトは22年マラソン的に継続しているが、他の新しいAIRのスペースでは長期的な視野で続けられている所はあるのでしょうか?」
と飯田さんから他の事例について質問が続きます。

小田井さんの解説では、公的な機関ではアーカスは日本では一番古く、プレ事業の2、3年後、地方自治体を中心に公的な機関でのAIRが増え、それでも続いているのは何カ所かあり、拠点や施設ありきで続いている例としては、山口県の秋吉台国際芸術村や青森市のACAC(国際芸術センター青森)などが紹介されました。長く続いている理由は施設を同時に作った、事業をする為にAIR施設を作った、または市民活動もできる文化複合施設を作りました、という理由からで、ハードがついてくると事業として中断するのは難しく、状況が厳しい中でも続くパターンがある、とも。

その説明に対し、飯田さんは続けます。そこには市民活動も求められるのか、作家が滞在し展示するだけでなくその地域の市民も施設を使って活動することの包含性について。

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「秋吉台と青森についてはそれぞれ違いますが、秋吉台はAIRができ招聘期間外は一般市民が使えるホールがあったり、滞在場所や研修室などがあり複合的な文化施設を作っているが、青森の場合はAIRの為だけの施設として展覧会のできるギャラリースペースと一緒にある。それらとも成り立ちが異なる守谷のアーカスは、(茨城県南地域における)芸術家村構想の方が先だったことに話が及びます。もっと大規模な公共事業として捉えられ地元の作家も外からも作家を呼び込む、創造的活動の集積を創る都市を作ろうとした、その大規模な構想が現実的には遊休施設を再活用という形となり、現在に至っている。」と解説されます。

(※補足:人口減少で校舎が廃校になったのではなく90年代初頭に児童増加により別途新校舎を開校する一方で、収容しきれなくなった元・大井沢小学校を有効活用すべく、アーカススタジオが拠点として構えたのが最初です。廃校利用、という昨今の響きのそれとは異なります。1995年に「もりや学びの里」として公共施設になる前に既にアーカススタジオがあった、ということも付記します)
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それをふまえて、市民活動の場としても始まっているAIRの場合、作家不在時も市民活動も含む場所である、その延長線上だとすると市民が作家の活動に参加するということは、自然の流れのようにも見えるある種のインキュベーションのようなものか問われます。
飯田さんの質問から小田井さんは答えます。

「ここは、生涯学習施設(サークル活動)利用の市民と、レジデンス招聘作家のための滞在活動拠点とが共有しているが、長い年月の大半、最初の10年間くらいは同じ建物の中で一般市民とアーカスの作家がシェアしている、というだけでお互いに関心は薄くお互いが何をしているかわからなかったのが実態だった公共施設。ここに来て生涯学習センターとして利用している市民と招聘作家との交流を意識的に始めたのは、遠藤水城さん ※(3代目ディレクター)の頃ですね。」
小田井さんに解説していただいた通り、この場に関してだけでも、振り返るとそのような歴史があるわけです。


前半で話題となった「関わり」という点では、
・美術作品の制作の成立するところで他者が関わるプロジェクト
・アーカスのように立地的に存在し(プロセスにおいて)地元と関わるプロジェクト
などがあります。地域に投下されるそういった事業を知ってしまうと、様々な変化や影響が相互に起こり得ます。作家が動くように、関わった人も動きだすようになってきているのではないでしょうか。

無形化されたアクションや行動自体が作品化しているタイプの作風も増えている中で、それがAIRや展覧会、芸術祭と結びつく理由のひとつになっているのならば、
参加を積極的によびかけたり、参加しやすいしかけを作ったりする必要性はあるのでしょうか?
実際の人ではなく、形のないもの(地域)が参加すること、活動に関わることを認めつつ、例えば発表される作品形態が物質として彫刻のような形が実在しない作品の場合、
無形化としてパフォーマンス化・演劇化されていくと、地域(の人々)は参加しやすいのでしょうか?そんな現象は起こりえるのでしょうか?
たくさんの人が関与できること、もしくは「参加する」こと「参加をよびかけること」について話題を深めます。




ディスカッションは続きます。


(写真:加藤甫 ※最末尾を除く)
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by arcus4moriya | 2015-11-15 15:58 | AIR | Comments(0)
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