〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015第1回
皆さん、どうもこんにちは。藤本です。本日は2014年度から引き続き実施している
〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。
の今年度第1回目。これまでは大木さんと参加者個人というマンツーマンの内容でしたが、今年度は少し形が変わります。◎昨年の様子はこちらからご覧いただけます。▶第1回:アメ子 ▶第2回:河合さん ▶第3回:西尾さん


本日6月4日は、昨年度の活動で大木さんが撮りためた映像(未編集)を参加者同士で鑑賞する日です。
大木さんは、土足のスタジオでなぜか靴を脱ぎ、用意しておいた椅子にはかけず、
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フロアに座り、導入が始まりました。これから始まる事は一体何なのか。エアコンを切って、窓を少し開けます。

そもそも、この企画の長いタイトルについて。
「〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。」
大木裕之氏の生活/制作態度を表した「日常的妙」という造語と、
プログラム内容のエッセンスを表した「過ごす」が特徴なわけです。

「妙」という言葉は、ポジティブな意味にもネガティブな意味にも捉えられるよね、と言う大木さん。
-「妙な人、っていう場合、変な人っていうかさぁ。」
確かに大木さんは妙な人かもしれません。辞書によると「妙」とはまず“巧みであること”、“非常に/不思議なほどすぐれているさま”という意味です。鈴木大拙が著書「東洋的な見方」でその言葉について述べていたりもします。
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それに対して、「ネガティブな意味で使う場合でも、ただ変なというよりはもっと含蓄のある印象だから、言われてもそれほど嫌な気がしない。」と言う参加者の西尾さん。
「妙」の意味をその場でググるアメ子ちゃん。デジタルネイティブです。
その状況に身を置く河合さん。何を考えているのでしょうか。

(そういえば、2014年度 第4回:出田さん を実施した際、直前に、偶然大木さんも藤本も観返していた黒澤明監督の「白痴」。登場する原節子の役名が「妙子」だという偶然も、出田さんとの会話の中に挿入されていました。)
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ここからは前提となる部分。映像を流す準備は出来ているにもかかわらず、なぜパッと映像鑑賞を始めないのか、という理由を大木さんが話し始めます。

記憶 - 記録 - 映像

についての考察。大木さんの口から今回挑戦しようとしていること、参加者と一緒に辿り着きたい地点が丁寧に語られます。
抽象的な表現も含まれる難しい話だったと思います。大木さんらしさが凝縮されると、時々話が込み入ることがありますが、参加者の皆さんは高い感受性をもってそれに応え、急ぐことなく会話形式で意思疎通を図ります。会うのは3回目だというのに、この関係性は一体全体どう構築されたのでしょうか。大木さんの妙であり、参加者の皆さんが非常に優れた人でもあり…
両方でしょう。
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話をどうも再現できないので、トピックの一部を以下に記します。

・映像という媒体の変化、フィルム、MiniDV、SDカード etc.
・取り込まれたデータのショットの連なりをパソコンの画面で見ると、事象の重なりを強引に分断しているとしか思えない
・映像撮影の時に加工しながら撮れるアプリのこと byアメ子
・出来事がスローモーションに見える瞬間のこと by西尾さん
・視覚と脳のかかわり
・目の使い方
・大木さんの11日からのNY行きの飛行機の予約もこのプログラムと関わりがないわけではない



・今この部屋の窓から何気なく見ている「風に揺れている木」の記憶
その記憶が一生掘り起こされない可能性もあるし、でも日々はそんな膨大な情報の取捨選択の繰り返し
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・記憶障害
・お金に集約されていく
・写真を撮るかわりに、記憶から消えていく情景、情報の話
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・ある記憶を言葉に置き換えた際に、それが変化する
・リマインドすることで元の記憶が変化する恐れ
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それをふまえて、昨年度の活動で撮りためた未編集の映像をようやく観ます。
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でも、大木さんはそれらの全てを観せることはできず、ほぼスキップしながらの再生、結局私たちは断片のさらに断片しか観なかったわけです。

このプログラムでたどり着きたい地点はとんでもないところだということはわかっています。少し恐ろしいですが、それが「作品」として表れたら、という期待で胃が締め付けられますね。参加者全員がその挑戦を共有していることは確かですが、さて、その方法やいかに。


次のステップへ踏み込むのです…。
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これは、大木氏の制作活動を通して、「人間の記憶の編纂」について考察するためのプログラムです。世の中に溢れる様々なメディアから我々が日々無意識に得ている画像・映像・ストーリー、それらは他者の体験に基づくものであり、自身の実体験ではないにもかかわらず、人々の記憶に色濃く介入し、ひっそりと人格形成に影響を与えます。我々はその事実を否定せず、果たしてどう認識し、主体的な記憶と思考力を築いていけるでしょうか。これは、多種多様なメディアが支配する新たな時代へむけた挑戦・考察なのです。


P.S.
今日大木さんが履いていたスパッツは2月1日、アメ子ちゃんとのアクションの際に、イオンタウン守谷で購入したものでした。



〈映像作品のための連続/断続的ワークショップ〉大木裕之と過ごす私の守谷・茨城、日常的妙。2015第2回につづく。                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
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by arcus4moriya | 2015-06-04 15:28 | 地域とアート | Comments(0)
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